夏の植物と言えばなんだろう。アサガオ? ヒマワリ?

「いいえねこじゃらしです」
「誰に向かって言ってるのだ」
「気にしてはいけにゃい……ゴロゴロゴロ」

 頭を撫でられながら目の前の立派なねこじゃらし畑を眺める。
 誰もこんな雑草をわざわざ集めて育てはしないが、群生したねこじゃらしは畑とでも言った方がわかりやすいと思う。
 森の中に群れたねこじゃらしは、普通の花のように大勢を魅了する者ではないが、アオイにはとても魅力的だった。
 

「ねこじゃらしはエノコログサともいうのだ。犬っころのしっぽみたいな草が訛ったのだ」
「にゃまった?」
「しかし今はにゃんころを構う道具としての方が有名だと思うし主流なのだ」
「あ~構われる~じゃらされる~ンニャ―ゴ、ゴロゴロゴロ……」

 その辺のねこじゃらしを一本ブチっと引っこ抜いてフリフリすれば、にゃんころが一匹釣れた。
 「ほーれねこじゃらし~」と切り株の方へうまい事誘導して腰かけ、更に膝の上へと誘導する。
 懐ききったチョロいネコでないと有効でない捕まえ方。
 警戒心の強い野良などはねこじゃらしもあまり有効でないことも多い。

「ほーらねこじゃらしがどっかに行ってしまうぞ~」
「にゃー待って、ねこじゃらし待って~」

 悪ガキのように腕を上げて、アオイが取りにくいところへねこじゃらしを持っていき、反応を楽しむアルジェン。
 ネコの本能むき出しで肩にひっついてくる気持ちのいい感触と、腕を掴んでニャーニャー鳴く様子を楽しむ。
 
「フギャッギャギャギャ、ンギャ―ゴニャーゴオン、がじがじがじ……」
「ああこら、落ち着くのだ、まあ食っても毒ではないが、美味くはないだろう」
「ハッ! 野生を刺激され過ぎて我を忘れていたッス」

 人を忘れた代償は草の味だった。モフモフしたところがチクチクしておいしくない。
 お茶でうがいをして一息ついた。
 涼しい風が吹いて、たくさんのねこじゃらしが一斉に穂を揺らす。
 アオイの目には、穂はイヌの尾よりもネコのしっぽのように見える。
 たくさんのネコがフリフリフリフリ、しっぽを仲良く振っているようだった。

「パタパタパタパタニャンパタパ~」
「フフッ、弟分のしっぽも揺れているのだ」

 なんとなく歌の節までつけて自分のしっぽも揺らしてみると、和んだアルジェンが頭をまた撫でてきたので、即ふにゃふにゃになってしまう。
 風と共に一定のリズムで揺れるのを真似していたのに、風を無視して背後のアルジェンに向けてしっぽを揺らし出したので、あっという間に周回遅れになった。

「これだけねこじゃらしがあったら一生アオイと遊べるのだ~」
「ニャー、あにきがボクと一生遊んでくれるらしいッス」
「自分で言うのもなんだが魅力的な提案なのだ~」
「流石あにきの提案は最高ッス~」

 脳が溶けてるとしか言いようのない会話を、ねこじゃらしたちだけが聞いている。
 ねこじゃらしたちはマイペースに、風と共に揺れる一定のリズムを保ちつつも「何言ってるんだこいつら?」とでも言いそうな雰囲気がある。
 二人は既にねこじゃらしなど関係なく、ネコの耳の裏を撫でたり、ネコの狭い額を急所をつく感じで人差し指で突いたり(やられたフリをしてアルジェンの胸に寄り掛かる茶番つき)していた。
 やがてアオイが膝の上から降りると、さっきまでネコと戯れとろけていた青年もシャキっとして立ち上がった。

「そろそろ行くか」
「はーい! ッス」

 ねこじゃらしでずっとあにきと遊ぶのも魅力的だけれど。
 アオイはあにきともっといろんな事をしたかったので、素直に提案に従った。
 アオイが最後にねこじゃらしに向かってフリフリとしっぽを振ると、ちょうどいい風が吹いてサワサワと群れが揺れた。
 なんだかんだとまたねを言ってくれた気がするここのねこじゃらしとまた会うことはなさそうだけれど。
 ねこじゃらしの仲間の群れはきっと行く先々の世界にいっぱいあると思うので。
 その時はまた、一本だけ拝借させてもらってあにきと遊ぼう。と、こっそりアオイは予定を立てた。