※「へっぽこアルジェンと宝」の後の話



「あのお兄さんってホントにそんなへっぽこなの?」

 スプーン三杯分の砂糖を内包した紅茶を飲みながら、結構カッコいいお兄さんだったけれど、とローザは呟いた。

「君の目の前にもカッコいいお兄さんが」
「何か言った? おじさん」

 うちのレディーは手厳しい。口に含んだ紅茶も少しほろ苦く感じる。

「君の質問の前に一つこちらから問題を出させてもらおうか」
「嫌」
「まあそう言わず」

 すげない態度にもめげず、一つウインクまでつけて、茶目っ気たっぷりにアズロは言う。

「トレジャーハンターがへっぽこって呼ばれるためには、どういう段階を踏む必要があると思う?」
「それはもちろん、ドジなこといっぱいする必要があるんじゃないの?」
「正解! でももっともっと重要な大前提があるんだよ」

 わかるかい? と対面に座る少女に尋ねると、わからないわよ、とつまらなそうにかたわらのショートケーキにフォークを突き刺した。あまり焦らすとまた雷が落ちそうなので、好物のいちごショートで機嫌をなおしているうちに答えを告げる。

「それはね……生きて帰ってくることさ」
「え?」

 大体はこちらを冷たい目で見てばかりの少女が、耳をピコピコ、赤い目パチパチ、目に見えて反応に困っていた。
 そりゃそうだろう。こんなものは問題とすらいえない。とんちにもなりやしない。

「なによそれ! ひっかけ問題にもほどがあるわ」
「ひっかけとすらいえないかもしれないね。でもこれに関してはふざけちゃいないよ。一番重要な事だ」

 理不尽な問題に憤(いきどお)りを隠せないローザに、アズロは考えてごらん、と新しいクッキーの箱を開けて差し出した。

「誰かが冒険に出かけて、魔物が巣くう遺跡なり洞窟なりに出かけていきました。そこでアルジェン君みたいにドジ踏みました。運悪くして死にました。君はその死んじゃった人をへっぽことかマヌケと呼べるかい?」
「言わないわよ、そんなの! 確かにその人はうかつだったかもしれないけれど、死んじゃった人をそんな風に──」
「ローザは優しい子だね。だから好きだよ。死んじゃった人の知り合いが涙ながらに、もしくは悪意を持って悪口を言うことはあるかもしれないが、それは今の議題とは少し外れているから除外しよう。そう、君の言ってる通り死んじゃったらドジ踏んでもシャレにならないんだよ」

 そもそもトレジャーハンターなんて稼業は、結構危ない職業である。
 冒険には危険がつきものではあるが、生半可な気持ちで出かけて行った結果、そのまま帰らぬ人になることだってあるのだ。
 
「しかし彼は今も生きている。危ない橋を渡ったことは多分いっぱいあるだろうけどね。まわりくどい言い方をしてしまったけれど、長年魔物だらけの洞窟や遺跡に潜る生活してて死んでないってだけで実は結構すごいんだよ。それで得た報酬が、とっくに誰かが開けたカラの宝箱や不名誉な称号だとしてもね」

 単純に運がいいのか。それとも彼なりに苦労したのであろう今までの人生の中で、最低限の引き際、生存術でも心得ているのか。そこまではアズロの知るところではない。

「じゃああのお兄さんって本当はへっぽこじゃないの?」
「褒めておいてなんだけど……君が怒った通り当たり前といえば当たり前の前提だし、喜び勇んで出かけて行って、トボトボ欠けた茶碗やカラの宝箱抱えて戻ってきたら正直面白すぎるから、同業者や知り合いにへっぽこって笑われるのはしょうがないだろうねえ」

 ふう、と一息ついて、アズロは自分も手つかずのままだったフルーツタルトを口にした。
 おいしい。ローザも自分のぶんのショートケーキをお気に召したようだし、あの店はリピーター決定。

「この前もいった通り、名前の前についてる不名誉な称号が取れるかどうかはこれからの彼自体だろうね。これ以上は私もちょっかい出す気はないよ。ローザのおしおきが怖い」

 お仕置きがなくてもそこまでおせっかいを焼くつもりはないが。もっと本気で奪い取ろうとしても面白かったかもしれないとは、少しだけ思う。

「私の愛しのローザ。もっとケーキ食べるかい?」
「これ以上はいらないわ。太っちゃう」

 すげない返事を聞きながら、年齢不詳の男は、少女と共に幸せな午後のティータイムを楽しむのだった。