アルジェンと一緒の寝台で寝ることは、アオイにとって日常茶飯事だった。

 お金の持ち合わせがない時とか、部屋は取れたけれどベッドが足りない時とか。

 昔ばあちゃんと一緒に寝ていた時みたいな安心感もあって、宿の部屋が取れたときもベッドが足りなければいいのに、なんて密かに思うことがあるくらいだった。

 冷え込む夜などは、遠慮してベッドの端に寄ってしまうアオイをアルジェンがちょっと強引に引き寄せて、腕に抱えて眠りにつく。

 寝る子は育つからよく寝るのだ、なんて言い聞かせられながら頭を撫でられると、アオイの意識はふにゃーんってなって、すっかり安心したネコみたいにまどろんで、目が自然と閉じてしまう。

 安心できる腕の中で眠って、目を覚ます。
 たった一人の肉親を亡くしてからは、もう味わえないと思っていた甘えん坊の子ネコの幸せ。
 兄のように慕う青年との旅路の、楽しみの一つのはずだった──あの夜までは。
 
 考えてみればミドに指摘されるまでもなく、ナランハと接するときのアルジェンは変だった。我が敬愛するあにきは、あんな風に人に突っかかるような底意地の悪い性格はしていない。そのくらいはネコにもわかる。
 まさかその原因が自分にあっただなんて真実が、予想の範囲外過ぎただけだ。アオイは謙虚なネコなので、自分が構われて慕われて当然などというそこらのネコあんちくしょうな考えは持ち合わせていなかったのだ。

 あにきは優しくカッコいい人だから、自分にもこんなに優しくしてくれるのだと──そこで思考が停止していたのである。
 
 だから、酒に酔ったアルジェンが寝台へ自分の身体を押さえつけたとき、何が起こったかよくわからなかった。
 言ってることもきちんと聞いていたけれど、半分くらいは理解が追いついていなかったと思う。
 理解できないまま酒臭い大人の息と、体を押さえつける腕の力強さを生々しく感じ取っていた。
 あのままナランハが止めに入らなかったとしたら──。
 何をされかけていたのか全くわからないほど、子ネコは無知ではなかった。
 ばあちゃんが魔法以外にも教育熱心だったことに感謝するべきかもしれない。
 知識は身を助けるというのが、ばあちゃんの口癖の一つだった。
 そんなことがあってからも、アルジェンと一緒の寝台に寝ることはしょっちゅうだった。
 そりゃあ向こうは覚えていないようだから仕方がない。
 ただ流石に、前みたいに無邪気に布団に入り込むようなことは、もう出来なくなっていた。
 他に寝るところもなし、ネコらしく床で寝るなんて言い出した日にはきっとこの優しいあにきは自分が床に寝て寝台を譲ってしまうだろうから、結局一緒に寝ることになるのだが。
 
 アルジェンと一緒に寝るのを怖いだなんて思わない。
 ただ、ふところに入り込んで抱きしめられていると、ゴツゴツした腕の筋肉の感触を感じてしまって頬は熱くなった。
 なんでこんな生々しい感触をばあちゃんと一緒に寝てるみたいだなんて思ったんだろう。
 全然違う。ばあちゃんは今もこれからも大切な人だけれど、ばあちゃんと同じ布団に寝たところでドキドキはしなかった。
 心臓の音聞こえちゃわないかな。思いながら今日もアオイはアルジェンと寝台を共にする。

「よしよし」

 抱き寄せられながら、そっと髪を撫でられる。
 ネコの目だからかあにきのことだからかはわからないけれど。暗闇の中自分に触れるアルジェンの表情がとても柔らかいのが伺えてしまう。
 ねえあにき。あにきはどうしてボクと話すとき、ボクに触れる時そんなに優しい顔をするんスか?
 あの時何をしようとしたんですか?
 どうしてボクがナランハさんとお話するだけでイライラしたんスか?
 アルジェンの口から直接聞きたいことは山ほどあったけれど、尋ねてしまったらこの心地よい空間は全部ボロボロに崩れて二度と戻らない気がした。
 
 ──崩れちゃっても、いいのにな。
 
 崩れるまえにあにきが目の前からいなくなってしまうような気がして、結局ただ気持ちのいい腕に包まれてまどろんで眠ってしまう。
 知識は身を助ける。それがアオイの祖母の口癖ではあったけれど。
 いつか、その知識が──知った上での考えや行動が──子ネコを滅ぼすかもしれない。