割と分相応な立場を受け入れる方だけど。村はずれにある踏切は昔からずっと気になっていた。不定期に信号を鳴らして、列車が通り過ぎていくあの場所の向こうがわには何があるのだろうと。わたしの村は村らしく、緑と木で組んだ家と家畜小屋と、自然と密接した光景しかなくて、だからそういう鉄とかよくわからない機械とか、馬でもないのに全速力で走っていく乗り物だとかは浮いているってやつだ。

 昔母さんに踏切の向こうはなにがあるのと尋ねた事がある。
 母さんは食器を洗う手を止めて言った。

「なんもないよ。面白いもんなんてありゃあしないよ」

 おばあちゃんにも尋ねた事があった。

「くだらない事に興味を持つのはおよし! なんにもないったらないんだよ!」

 流石は母さんの母さんだと納得するような、のんびりしたおばあちゃんが殴りかからんばかりの勢いで怒るのなんて初めて見た。それでわたしも詮索を止めてしまったのだけれど。今になってまた、「あの踏切の向こうには何があるのだろう?」という知的好奇心が、遠く心の宝箱にしまって鍵をかけていた疑問が、開いて浮かび上がって来てしまったのだ。

 理由は親友の失踪である。思えば彼女は、知的好奇心が女の子の形を取って生まれたような人間であった。小さな頃に馬に乗りたがったのも、お馬さんが好きだとか、村一番のイケメンがカッコよく乗りこなしているのを真似したくなったとかではなく、

「馬の上からの景色はどんなものだろう?」

 という理由で馬の上に乗せてもらうのをせがんでいたくらいだ。ちなみに乗って眺めた感想は「大して変わりっこなかった!」という、駄々こねっ子をした割には可愛くないものであった。

「きっと踏切の向こうにはコレよりすごい光景があるに違いない」

 こそっとわたしの耳元だけで言ったのは、一応マズイという意識があったのだろう。

 そんな親友はある日突然失踪した。村人総出で村中を探したし、わたしもそれを手伝ったりしたわけだが、まあ見つかるわけもない。彼女は踏切の向こうに行ったのだ。違いない。彼女はわたしに一言も書置きさえもなかったけれど、「キミといるのは楽しいけれど、この村には飽きちゃった」といなくなる直前こぼしていたのだ。そういうのってわかる。だって親友だから。

 親友がこの村を出てしまったと思ったら、私もこの村を出たいと思ってしまった。しかしなにぶん私は親友よりは保守的で分相応を好む性質だ。おばあちゃんの鶴の一声で知的好奇心を諦めてしまう人間だ。親友は違う。親に怒られても木の一番上からの景色を求めて登って行くのを止めなかったし、馬に乗せてもらっても大したことないとはしゃがなかった、可愛くない幼女だった。

 親友とこのままの平穏を頭の中の秤にかけて──わたしはキッチリ秤にかけながらおやつ作りの用意をするのが好きだったのだけど。親友がいなかったらもうアレを喜んで食べる人もいないのだと思ったら、悩み終わるの自体は早かった。

 最低限の荷物を纏め、みんなが寝静まった夜に、私は踏切を越えた。踏切では誰かが見張ってるなんてことも無くて、左右を樹が囲った、長い長い道がまっすぐに続いているばかりだった。拍子抜けして、のんびりと夜空の下歩いたのも、星が一度瞬くだけの時間だった。

 血まみれの四角い木箱が、その辺にポツポツ、ポツポツと点在しているのである。やけに明るい月が、見たくもないそれを照らし出しているものだから、わたしはそれを無視しようにも無視しきれない。戻った方がいいんじゃないか。怖気づく心を親友の顔を思い浮かべては奮い立たせて、わたしは進み続ける。

 血まみれの夜道にやがて朝焼けが差し、長いまっすぐな道の終わりに、親友が座っていた。血まみれで斧を突き刺されてぶっ倒れた、死神らしき怪物の死体をクッションにして。

「踏切の向こうには死神がいて、村から出て行こうとする人を阻み、殺して木箱に積めてはその辺に捨てていた。だから踏切の向こうに面白いもんなんてない、なんにもないって事にしとこう──ってことらしいよ。状況証拠と村の人から聞いた話を繋げた、ただの推測だけど」

 斧を引っこ抜いて肩に担いだ親友は、空いている片方の手をわたしに差し出して言った。

「でもこの先に面白いものがあるかどうかってのは、村の人の話や推測じゃあわからないし、行ってみない事には始まらない。一緒に来てくれるよね?」

 来るのが当たり前という口調に、わたしは半ば呆れながらも──とても死神一人殺したとは思えない、親友の柔らかな手を取った。

 親友とは村でたくさんの冒険をした。けれどあんなものは冒険と言えないと彼女は言う。

 だからこれが、わたしと親友の最初の冒険になる。 



 第178回フリーワンライより……割と○○なほうだけど(○○は変換可能) 踏切 最初の冒険 四角形 凄惨な光景