「勇者さん勇者さん!すごい魔法を覚えましたよ!」

 腰どころか尻のあたりまで伸ばした髪に、いかにも魔法使いって感じの真っ黒なウィッチ・ドレスを着た十歳くらいのガキンチョがこっちに走ってくる。

「はいはい、今度はどんなふざけた魔法を覚えたんだ?」

 このガキンチョ(名前はマホと言う)はいわゆる魔法使いというやつで、よく魔法書片手に新しい呪文の練習をしているんだがこれがまた酷い。塩水を砂糖水にする魔法や草の色を緑から黄緑に変える魔法とか一体何の役に立つというんだ。

「今度のは自信アリなんですっ」

 オレの投げやりな返事に気を悪くしたらしく、マホはむくれながら呪文を唱え始めた。

「アーブラカタブラパラレルパラレル。ネズミになーれ!」
 呪文を唱え終わった瞬間、マホの姿はガキンチョ魔法使いから茶色い毛並みのネズミに変わっていた。なるほど、変化の魔法か。

「どうですか勇者さん!」

 ネズミが得意げに胸を張っている。おかしな光景だ。だが自信アリというだけあって、この魔法はかなり使えそうだ。山よりデカいドラゴンに変身しちまえばオレよりデカいモンスターも踏んづけるだけで片付く。だが、そんな都合のよい話なんてあるわけもなく。

「あれれ?なんでこうなるんですかー?」

ドラゴンに変身してみろというオレの要求に「まかせてください!」と自信満々な表情で呪文を唱えはじめたマホだったが、呪文を唱えた後に立っていたのは手乗りサイズの小さなドラゴンだった。

「チビ魔法使いがなれるのはチビドラゴンが関の山、か…」
「うう…すみません…」

 元の姿に戻ったマホが、項垂れながらオレに謝る。心なしかいつも魔法をダメ出ししている時よりも落ち込んでいる気がする。……今回のは本当に自信アリだったんだろうな。

「……ガキンチョが失敗ばかりなのはしょうがねーことだろ。いつまでも落ち込んでるんじゃねーよ」

 言って、マホの頭をクシャクシャと撫でる。あっという間に長い髪の毛がボサボサになった。

「もー!何するんですか勇者さん!」

 ぐしゃくしゃになった髪を手櫛で整えながら、マホはプンプンと怒った。オレはそれを無視して背を向けて歩き出す。

「ほら、さっさといくぞ。早くしないと次の町に着く前に日が暮れちまう」 

 マホがうー、とかまったくもう、とかブツブツ言ってるのが背中越しに聞こえてきたけれど放っておく。まあ、元気が出たみたいでよかったよかった。

 〇


 街に着いたのはそれからしばらく後のことだった。日は既に暮れ始め、辺りをオレンジ色に染めている。

「勇者さん勇者さん!何か今日はお祭りみたいですよ」
「見ればわかる」

 興奮気味に声を張り上げるマホに、オレは疲れ果てた声で答える。栄えている街とはいえ普段ではありえないほどにあふれかえった人々。たくさんの色とりどりの玉でお手玉をしながら玉乗りをするピエロとそれを楽しそうに眺める子供たち。

 食欲をそそる串焼き肉やトウモロコシの焼ける匂い。ズラリと並ぶ屋台に敷き物の上に怪しげな商品を並べる商人たち。つーか喧騒がすごい。ムチャクチャうるせえ。

 これが祭でなかったら何だというんだ。

「祭とかどうでもいい……早く宿屋行って休もうぜ」
「えー、何でですか」
「歩きづめで疲れてるんだよ……小遣いやるからお前だけで見てこい」
「一人じゃつまらないじゃないですかー」

 お前は体も心もクタクタな今のオレができる最大限の譲歩を一蹴するというのか。てか歩きづめなのはお前も同じだろ。何で疲れないんだ。子供は風の子ってか? ちょっと使い方がおかしい気がするけどどうでもいいや。

「……しょーがねーな。宿屋で部屋とったらその辺見て回ってみるか?」
「はい!」

 全く、さっきの不満たらたらな態度はどこへいったんだか。はしゃぐマホを横目で見やりつつ、オレは手ごろな宿がないか周囲の人に聞くことにした。

「うわー! スゴイですよ勇者さん! あの人達口から火を吐いて焼き魚作っちゃいました! あ、噂をすればあそこに美味しそうな焼き魚を売っている屋台が!」
「へいへい、見ればわかるって」

 街の人から聞いた宿屋に行って荷物を置いた後、すぐに祭の会場にやってきた。行く前は面倒くせえと思っていたけれど、こうして来てみるとやっぱ楽しいもんだ。これは祭にいくことを提案したマホに感謝するべきだな。

「おい、何か買いたいんなら買って……」

 言いかけてから、隣に見なれたガキンチョがいないことに気がついた。辺りを見回すがやはりその姿は見あたらない。

「ったく、いきなり迷子になりやがって……」

 文句を垂れながらも、世話の焼けるガキンチョ魔法使いを探すために辺りを歩き始める。

(っとに世話の焼ける…)

 思えばあいつは出会ったときからそうだった。モンスターの尻尾踏んで追っかけまわされてるのをオレが助けてやったんだったな。

 モンスター追っ払った後、アイツはオレのことをキラキラした目でジッと見つめて、高貴な血なんて流れてるわけもないただの農民の家系の生まれなオレを、「伝説の勇者様みたいだから勇者さんって呼ばせてください」なんてバカなこと言い出して――

「勇者さん!」

 背後からかけられた声によってオレの思考は中断された。振り向いた先にいたのは派手なドレスを身に纏った世話の焼けるガキンチョ魔法使い。

「おいどこに行ってたんだ。探すのが面倒くせえからはぐれるんじゃねえ……それになんだよその格好は」
「さっき商人さんから買ったんです。どうですか?」
「どうっていわれてもなあ……」

 袖のない、藍色一色シンプルなデザインのドレスだが、何か特殊な布で作られているらしく、屋台や街灯の明かりを受けてキラキラと輝いている。

 単品で見ればなかなか良くできた代物ではあるが、チビのガキンチョ魔法使いとの組み合わせは最悪といってもいいだろう。裾長すぎて引きずってやがるし。

「そもそもなんでドレスなんか買ったんだ?」
「お祭りのパンフレットに広場でダンスパーティーをするって描いてあったので」

 そういえば会場に入る前にそんなものを配っていた気もする。

「というわけで早速広場へレッツゴーです!」
「お、おい!ちょっと待てって」

 腕を掴まれ、マホに引っ張られる形でオレは広場へと連行されていった。

 広場ではまだまだ初々しい若いカップルや長年寄り添った老夫婦、小さな女の子と男の子など様々な男女が音楽に合わせて踊っている。オレたちもそれに交じって見よう見まねで踊ってみるのだが…。

「……なんだかなあ」

 身長二メートル越えの大男とまでは行かないにしろ、そこそこ高身長の俺と、同い年の子供よりも低いであろうチンチクリンのマホではどうにもしまらないし踊りにくい。

 こんなチビをくるくる回してるとオレがいじめっ子みたいじゃないか。つーかオレだけ普段着のままかよ。

 長旅によってくたびれた服を着たオレと、サイズもデザインも全く似合っていないドレスを着たマホ。その珍妙な組み合わせは、この中ではかなり浮きまくっている。

「……やっぱり、私と勇者さんでは一緒に踊るのはちょっと無理がありましたね」

 マホが力なく笑う。なんだかその笑顔がいたたまれなくて、オレは目をそらした。

「別にこんなの楽しんだもん勝ちだろ。気にすんな」
「そうなんですけど、やっぱりここは……ら……る」
「ん?」

 マホの発した言葉がよく聞き取れず、オレはマホに向き直り「何だ?」と尋ねようとして――息をのんだ。
 オレの目の前にいたのはいつものちんちくりんの魔法使いではなく、俺と同い年くらいの女の子。

 腰まで延びた黒髪は夜の空から切り取ったみたいに綺麗で、髪と同じ色をした大きな目は、見る者に可愛いという印象を与える。

 一瞬誰だか分らなかったが、よく見てみれば髪型や着てる服がマホと同じだ。

 ――そうか、昼間使った変化の魔法か!正体さえわかればもうびっくりして二の句が告げなくなったり見惚れたりなんぞしない!

 ……ハズだったんだが……。

 祭りの照明によって夜空の星のように輝くドレス。端正な顔に浮かべられた微笑。

 それはまさに男を誘惑する魔女のようで――目の前の女の子はマホが化けていると頭ではわかっていてもオレの顔は赤くなってしまっていた。

 クソ、こんなチビガキに一杯食わされるなんて。オレは何とか平静なフリをしようとしたが、頬の熱さはなかなか治まってはくれなかった。

 〇

 ――ふふ、慌ててる慌ててる。

 私の今の姿を見て顔を赤くする勇者さんを見て、一人ほくそ笑む。どうですか勇者さん。私が変身できるのは小動物やチビドラゴンだけじゃないんですよ。

 ……まあ、失敗してたら手のひらサイズの大人のお姉さんになってたかもしれないですけど。

 いつも私を子供のダメダメ魔法使い扱いしてるからこういう時に慌てちゃうんですよっ。

 ……ねえ、勇者さん。

 今は魔法の力で大人の姿になってますけど――何年も時間が過ぎて、魔法も今とは比べ物にならないくらい上手くなって、魔法なんか使わなくても勇者さんが顔を真っ赤にしちゃうくらい綺麗な大人の女の人になれたら――私のことを手間のかかる子供としてじゃなく、女の子として見てくれますか?

 それまでには勇者さんの皮肉交じりの励ましも、素直に受け止めることができるようになっておきますから。

 いつもむくれちゃいますけど昼間のあの皮肉があなたなりの励ましだってことぐらいは私もわかってますよ。

 勇者さんが思ってるほど私は子供じゃありません♪

 フフフフッ。

 未だに顔を真っ赤にしながら踊る勇者さんを見て、私はまた一人ほくそ笑むのでした。                    
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