小さなくしゃみが、止まらない咳に代わったら後は早かった。ネコだから寒いとダメッスねえ、なんて冗談は聡明なあにきには通用しなかった。街が近かったのもあって、抱えるようにして運ばれて宿のベッドに寝かされて布団を掛けられたのがちょっと前。

「ただの風邪だとは思うが」

 なんて言うアルジェンは自信なさげに眉が下がりっぱなしで、出かけていったと思ったら腕にいっぱい食べ物を抱えて戻ってきた。

「缶詰め食うか? みかんと桃どっちがいい? 魚の方がいいか? サケとサバがあるが」

 なんていいながら全部缶詰めのフタを開けてから失態に気づいたように、しまった! こんなに一度に食えるわけないのだ! なんて頭を抱えたり。今日のあにきはお宝探索より忙しいようである。あんまり一生懸命になってくれるのが嬉しいやらおかしいやらで、思わず笑ったら咳が止まらなくなって余計に心配させてしまった。

「喉に来る風邪はレモネードのがいいんだったか・・・・・・いや、普通のお茶の方がいいか?」
 
 落ち着くまでひとしきり背中をさすってくれてから、またテーブルの上に何種類も飲み物を広げてしまう。あにきは物知りだけれど、なんだか今日は知識があっちゃこっちゃひっくり返っては適当に転がされているみたいだ。かっこよさと不運が混じったようなドジは一緒にいる間に見慣れたことだけれど、今日は妙な感じ。

「・・・・・・ただの風邪だというのはわかっているのだ、宿の人も言っていたし」

 失態を誤魔化すように、アオイにはハチミツ入りの紅茶を渡して、自分は余ったレモネードを口にした。一口飲んだところで、端正なお顔がなんともいえぬ顔になる。

「・・・・・・ぬる酸っぱい。甘いとも言い難いのだ」
「ニャー、レモネードって癖のある味ッスよね」

 ばあちゃんはよく「薬だと思って飲め」とアオイに飲ませたものだ。風邪を引いた時にだけ味わえるそれが、アオイは嫌いじゃなかったけれど。アルジェンはお気に召さなかったらしい。

 いや、お気に召さないのは弟分が床に臥せっているこの状況か。迷惑をかけられたと怒っているのではなく、少しおびえているような。食欲があると見るや口につっこまれたシロップ漬けの桃のをかみしめながら、なんとなく思う。

「・・・・・・今は弟分に栄養をつけてやるくらいはオレにも出来るが・・・・・・昔はつるんでいる奴らが体調を崩してもどうにもしてやれなくて、そのまま」

 言いかけてアルジェンはアオイの頭を撫でた。熱で火照った頭でもわかる、温かい手。のみこんだシロップ漬けの桃がとても甘かった。

「・・・・・・さあ、食べたらもう休むのだ。それとも、もっと食べるか?」
「お腹いっぱいッス」
「よし、じゃあネコは布団で丸くなるのだ」

 ちょっと違うような気がする言い回しを根拠に寝かしつけられ、背中をさすられる。言われるまでもなくアオイはネコだけれど、本当に今はネコそのものだ。人にご飯をもらって、背中を撫でられて、眠くなって。まだ心配そうな顔をしてるアルジェンの顔を見ていると、このまま眠っちゃっていいのかなという気持ちになるけれど。うとうとまどろんで揺らいだ視界越しの表情がホッとしたように見えたから、これが正しいのだろう。

 元気になったらまたあにきと一緒に冒険したいな。それはアオイの個人的な願望だけれど。アルジェンが安心するのなら、どうってことのない願望が、一番のお返しになるのだと思う。

 外の灰色冬景色が、若草草花芽吹く春になるのも、きっともうすぐだ。



 なんかあたふたしてるアルジェンが書きたかった
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