※「贈り物の続き



 バレンタインのお返しは何がいいかなあ。親愛なる兄貴分の顔を思い浮かべ(その横顔は三割増しで美化されている)、アオイは一人、街を歩いていた。
 雑貨屋はどこも、時期の飾りのマシュマロやキャンディ、甘いもの達が目立つところに置かれている。

 けれど子ネコはどれ見ても、いまいちしっくり来ないのだ。可愛いリボンに包装紙、隠せぬ甘い芳香は、野生のしっぽをブンブンさせる。
 でもどうしてか、これだこれと、決定的なものが出ない。

 きっとお優しいアルジェンあにきは、その辺のものでも喜んでくれる。
 それはわかっているのだが、仕える弟分としてあまりに芸がなさすぎやしにゃいか。
 モフモフなでなでされるだけのニャンコロじゃないことを証明して、ああでもあにきのなでなでは気持ちいい。ニャンでもない事考えながら、子ネコの午前は過ぎていく。



「結局何も決まらなかった」

 宿の台所で、材料を前にして子ネコはニャーと唸った。ネコなりにホワイトデーに向かって吠えたのかもしれない。
 せっかく涙をのんであにきと別行動を取ったのに台無しだ。
 しかし店にないなら作ればいい。材料は買った、これから挽回してみせる。
 今取っている宿はちょっとしたコテージ製になっていて、台所がついているので好きなように料理が可能だ。
 というより素泊まりに近い宿なのでその辺は各自勝手にやってね、って感じなのだが。

「ばあちゃんに習ったのは鍋だけじゃないんスよ!」

 腕まくりをして、アオイはお菓子となるはずの材料たちにフシャー!と挑みかかった。

「出来たッス!」

 紆余曲折を経て今、ニャニャーン!と効果音つきで完成したのはお魚の形をしたクッキー群だ。
 材料が余ったのでアオイとアルジェンの顔のクッキーも作ってみた。材料はごく普通で、アレンジもなされていない。

 ばあちゃんに初めて教わった思い出のお菓子だ。ばあちゃんもおいしいとほめてくれた。しかし……。

「うーん、ごめんばあちゃん、これだけではまだまだあにきへの尊敬を表せていない気がするッス!」

 アオイは頭の中に叩き込まれたばあちゃんの思い出のお菓子のページをめくり、ちっちゃなパティシエとなって耳と尻尾と手を動かして、コテージを甘い匂いで染め上げて行く。

 ──そもそも自分が貰ったのは板チョコ半分だとか、お皿いっぱいのクッキーの時点で三倍返しくらいになっちゃってるとか、
 そんな客観的事実は忠猫アオ公の頭からはすってんころりと抜け落ちていたのだった。



「ぬお! なんだこの甘い香りは!」
「はっ」

 戻ってきたアルジェンの声でアオイが正気に返った時には、空はオレンジジュース色に染まり、部屋のテーブルは菓子屋も真っ青なほどのおやつで溢れかえっていた。
 アオイは火鉢を前に、ポタポタと砂糖しょうゆを垂らしたせんべい(ばあちゃんの創作菓子)をひっくり返しているところだった。

「あにきおかえりなさいッス!」
「あ、ああ……どうしたのだこれは」
「あにきに先月のチョコレートのお返しをと思いまして!」
「アレか!? アレのか!?」

 舎弟のすさまじい出迎えに、さしもの兄貴面もアホ面になった。
 そりゃあそうだ、まさか板チョコ半分がテーブルいっぱいのお菓子に化けるなんて誰も思うまい。

「ニャー……作り過ぎたッス……」
「い、いや嬉しいぞ!」

 火鉢を前にしょんぼりしているアオイの頭に、優しく大きな手が乗せられた。

「兄貴の施し一つは舎弟のテーブルいっぱいにも劣らぬからな! その今焼いているせんべいでやっと同価値になるといったところだ!」
「ニャー……そうッスよね! あにきと食べるおやつは一つで百倍おいしいッスから! 重量換算するとこのくらいになっちゃうッス!」
「う、うむ……そうか」
「ふにゃー?」

 くしゃくしゃとアオイの頭を撫でる手の動きがいつもより雑っぽかった。
 これはこれで気持ちいい。あにきのほっぺが赤いのは夕日のせいだろうか。

「さっそく一つもらってもいいか?」
「ニャー、どうぞッス」

 せんべいを皿に並べているところで、アルジェンが皿に手を伸ばした。

「あ……」

 アルジェンが最初に手を伸ばしたのは、最初に作ったクッキーだった。それもアオイの顔のやつ。

「ははは、どこかの弟分ネコにそっくりだな」

 形に気づいてちょっと食べにくそうにクッキーを指先で弄んでいたが、食べない方が悪いと思ったのか結局パクリと口に入れてしまった。

(ニャー……食べられちゃったッス)

 初めて教わった思い出のお菓子に、何故だか照れくさくなる思い出が加わった。



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 アルジェンのアオイに対して色々アレなとこばっか書いてしまってるけど多分アオイもほっとくと好意がドッジボール
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