にゃんにゃんにゃーっと謎歌歌い、子ネコは具材をスパスパ刻む。調味料と共に鍋に放り込んだら、後は座ってしばし待たれい。

「ただいまお鍋グツグツ中。しばらくお待ちくださいッス」
「うむ、ご苦労」

 皿を出し終わったアルジェンもアオイの隣に座って待つ。子ネコをモフモフなでなでし、フニャフニャヘブン状態にしたところでスープが出来た。固めのパンに浸して食べて、後片付けをしたら普段はそれで野外の食事は終わり、なのだが……。

「ふっふっふ、今日はまだあるのだ」

 勿体ぶった言い方で、アルジェンは懐から何かを取り出した。銀紙に包まれたそれにピンときたネコが、諸手を挙げて喜んだ。

「チョコレートッス!」
「今から華麗に真っ二つに分けてやろう、待っていろ」

 アルジェンが両手に力を入れると、チョコは斜めに二つに割れた。ヒュルリラと風が吹き、枯れ葉がカサカサ音を立てる。その時確かに時は止まった(と、のちに見守っていた子ネコは語る)。

「……よし、無事折れたのだ」

 何事もなかったように大きい方を寄越したアルジェンに、

「稼ぎが多かったので年貢を納めさせていただきやすッス」

 子ネコはほどこされたチョコを更に折って献上した。大体これで同じ量になるはずだ。

「フミャー、甘さが身体に染み渡るッスー」

 多少のハプニングはあったが、アオイの嬉しそうな顔を見ていると買っておいた甲斐があるというものだ。しかしアオイはもじもじとして落ち着かない。どうしたというのだろう。

「ニャー……今日あにきにチョコもらっちゃうなんて、ラッキーだなあって」
「え?」

 今日はなんの日だったか。頭の中のカレンダーをペラペラめくったら、喉にチョコをひっかけた。ネコの手を借りて水筒を受け取ると、一気に水をあおる。
「あー、そうだな……そういう日だったな」

 一人寂しく遺跡や洞窟に潜る日々であったから、バレンタインなんぞ記憶の彼方だった。旅の準備で目に付いたそれを、子ネコにあげたら喜ぶだろうますます尊敬されるだろう(ドヤl顔)という考えしかなかった。予想外の方向から反応が来てしまった。

「……あー、忘れていたのだ、そんな事。覚えていたらもっといい物を贈れたのに」

 アオイと行動するようになってから旅の路銀に余裕が出るようになった。連れが増えたら余裕は減るはずなのだが、前よりも探索の頑張りが実るようになったせいか、プラスになることの方が多い。側で尊敬のまなざしを向けてくれる弟分が励みになって、成果につながっている。そんな事は、まなざしを向けられるアルジェンが一番良く理解している。

 感謝の気持ちを贈るなら、同じチョコでももっと凝ったものを買えば良かった。

「いいえ、あにきには頂くばかりで恐縮ッス。でもあにきとおやつ、嬉しいニャー」

 殊勝な態度をとりながら、隠せぬ素朴な子ネコの欲望もにじませるアオイをまたニャンコ罪モフモフナデナデの刑にしながら、そんなに何か買い与えていただろうかとアルジェンは思う。

 魔道士なら探索で見つけたマジックアイテムは売るよりアオイにやった方が有意義だし、弟分が寒さで震えてはいけないので毛布(魚の骨柄)は必須であるし。別々のものを店で頼んだらおかずの交換は当たり前だし。だが他の人間よりは物を与えているかもしれない。ミドやおかみさんには、へっぽこドジ続きで空腹で死にそうな時おごられてばかりであったし。(代金は働いて返した)。

「あにき、ほっぺにチョコついてるッス」
「ぬおっ!?」

 ペロッといつもの調子で頰を舐められた。ケガの多いアルジェンには日常茶飯事であったが、ちょっと際どい位置だったのでビビってしまう。

「あ、ばあちゃんにされてたのと同じ調子でつい……申し訳ないッス、あにき」
「いや、まあ別に、気にしていない! この程度でオレ様は驚かないのだ!」

 わしゃわしゃ青い髪を撫でて誤魔化すと、アオイの手首のバンダナが目に入った。自分と揃いの赤い布。確かに与えてばかりのようだ。だとすると、出て行くばかりなのに頭の中が子ネコでいっぱいなのは何故だろう。