どこまでも雲の無い真っ青な空。上に白はないのに、わたしの足元は全て白。いいや、わたしが歩いて来た道のりには、わたしの軌跡が残っている。どこにでもあるローファーの、どこにでもある足跡。

 ま、今はどこにもないんだけれど。

 世界は大寒波により、わたし以外の全てが雪に埋もれてしまったらしい。嫌味ったらしいクラスの女、仲は良かったけれど言動が癪に障る友達、抜き打ち小テストがいやらしいハゲの数学教師、みんなみんな雪の下だ。ざまあみろ。多分厭味ったらしいクラスの女が埋まってる辺りを執拗に踏みつけて、その辺の雪を握って何度も何度も叩きつけてやる。気が済んだのでその場から離れる。

 真っ青に晴れているけれど雪が解ける気配はなく、ひたすらに歩いて荒くなった私の息が、ハッハと漏れるたび白い。そんなわずかの変化すら、作られるたび、透明な大気に片端から消えていく。スカートが風や早足で歩くせいでヒラヒラするけど、別にいいや。誰もいないし。

 本当にここには青と白とわたししかない。だからどこへ行けばいいのか、どこで休めばいいのか、そんなことを示してくれる景色すらないのだけれど、自然と足が止まった。

 立っているこの場所は、他の雪の上よりもぬくもりがある。気のせいなんかじゃない。

 だってここには、あの人が埋まっている。わかるよ。だってわたし、あの人のこと好きだったもの。そういうのって、わかるものなんだよ。わたしは嬉しくなって、映画の踊る女優みたいなステップで、その場をリズムよく、タンタンと踏みしめた。幸せな足踏みのダンスは、やがて嫌いなクラスの女の上を踏みつけた時よりも強く、激しく、憎しみに満ち溢れた。きっとコレが氷だったら、私の怒りで足元が割れていたに違いない。でも現実は雪で、やわらかく氷よりも形に柔軟性があるそれは、踏みつければ踏みつけるほど固まっていくばかりだ。

 ねえ、どうしてあなたまでもが埋まっているの。わたしとあなた、あなたとわたし、ただ二人だけが残ったのなら、この白と青しかない世界で、どこまでも一緒にいけたのに。二人なら寄り添えばきっと温かい。ねえ、あなたが肉まん半分こしてくれたから、わたしはあれから肉まんが大好きになったんだよ。あなたがくれたクマのキーホルダー、大切過ぎてカバンに付けられなくて、部屋の机の引き出しの中に、大事にしまってあったんだよ。こんなことになるなら、肌身離さず身につけておけばよかった。そしたらせめてあのクマをあなただと思って大切にする、バカみたいな行為くらい出来たものね。

 せめてあなたの顏が見たい。あなたの凍った死に顔は綺麗でしょうね、出来たら大好きだったあの笑顔のまま凍り付いていたらいい。欲望に勝てなくなって、わたしはその場を手で掘り返し始めた。足で踏み固めたせいで最初は雪を取り去るのに苦労した、表面を取り去って、やわらかな雪が出て来ても、あの人は出てこない、ここに埋まっているのは間違いないのに。

 世界すべてが埋まるほどの雪だ、場所が合っていたとして、掘り返せるかどうか。わたしは手の感覚がなくなっても、爪が割れて白に赤が加わっても、その場を掘り続けた。出て来て、どうか出て来て。願いながら、泣きながら、私は雪を掘り返し続ける。あの人の顔を見ることは叶わないまま、ヒラヒラと無常な雪が静かに、静かに降ってきた。雪はやがて吹雪になり、わたしの全身も、ここに来るまでにつけた足跡も覆いつくしていく。あの人の死体が埋まっている場所で、わたしも雪に埋もれて死ぬ。きっと世界のささやかな慈悲なんだろう。