彼女の髪は、黄金だ。
 熟した麦の、穂のような、輝く朝の光のような。夢見る星の、輝きのような。とろけたバターの、溜まりのような。
 彼女のこがねは、切り離されると金になる。
 金貨、砂金、金塊に。腕輪に王冠、首飾り。装飾品は、全ての部分が金細工。
 
「うらやましいなあ」

 真っ黒けっけの髪が言う。汚れた布団にくるまって。肌から垢を、ポロポロ落とし。
 男らしい肉あるはずの身体、ゲソゲソ痩せて、跡形もなし。

「それだけあれば、色々出来る。どこでも行ける。なんでも治せる」

 真っ黒けっけは投げやりに。頭を掻いて、そっぽ向く。

「助けてあげる」

 救いを願わぬひねくれに。彼女はスッパリ髪切った。
 砂金に金貨につられた者は、我先我先やってきて。目もくれなかった男を助けた。

「ずいぶんお優しいことで」
 
 綺麗な身なりの男が言った。

「助けてほしいと目が言っていた」

 元々綺麗な彼女は言った。

 たちまち噂を聞きつけて。人々彼女にすがりつく。
 我らに富みを、我らに福を、福音を。

「助けてあげる」

 救いを厭わぬ人々に。彼女はすっぱり髪切った。

「ずいぶんお優しいことで」

 つまらなそうに男が言った。

「助けてほしいと、みんな言う」

 切っても伸びる長い髪。うっとおしそうにかきあげた。

 切っては伸びて、切っては伸びて。
 やがて国中に金がいきわたるころ。
 彼女の髪は、黄金をやめた。

「何故そうなった」

 驚いたように男が言った。

「貴方のところに、堕ちたから」

 幸せそうに寝台で、黒い髪の彼女はまどろむ。

 国中の金は、欲を産んだ。
 アイツの金を、こちらの物に。
 世界の金を、こちらの物に。
 みんながみんな、考えて、ケンカと論争、絶えなくなった。

「過ぎた富は身を亡ぼす。それが亡き母の教え」

 してやったりと彼女は笑う。
 本来は、無造作に切った髪など不要。
 いらないものを、彼女は捨てた。

「必要なものだけを持って、幸せに。とも言った」
「じゃあ行くか」
「ええ」

 揃いの黒い髪並べ。
 男と女、一人ずつ。
 大切な子二人、抱え上げ。
 争いの耐えぬ、国を出て。
 それからずっと、幸せに暮らした。