ゲロ甘空間の続き
空気も匂いも甘ったるくてむせ返る宿の部屋から逃げてきて、ミドはやっと一息つけた気分だった。冬の冷たい風が、強制的に火照らされたミドの肌を冷やしてくれる。
凍えるような冷たさでやっと丁度いい塩梅になるほどヤバイ空間だった。あそこはにゃんこと兄貴分の愛の巣と化してしまっている。借りてる場所だというのに。恐ろしいやつらだ。
バカップルはいっぺん爆発するべきだと思う。
──冗談を抜きにすれば。自分とは少し距離のある友達のかたわらに、アオイが居ついたのは喜ばしいことだと思う。
ミドはあんな風にはアルジェンを肯定できないし、アルジェンもミドが年下だからといって、弟分の子ネコみたいにはミドを可愛がれない。
というか、お互いそんなことをしたら頭でも打ったのかと相手を疑うはめになるだろう。
(まー、ネコの子みたいに露骨には出来んでも、もうちょいアルが甘えて来たら応える用意はあったんだがねえ)
お互い『そういう好き』の対象として相手を見ることは今もこれからもないだろうが。
もう少しだけどちらかが踏み込めば、相棒とか親友とか表現される関係にはなったのかもしれない。
ただの友達という関係だって、良きものであることは違いないのだけれど。
向こうも多分そう思ってくれているように。ミドもアルジェンのことは友達として大切に思っていたから、たまにそう考えることだある。
とりとめのないことを考えながら、一応は外に出る用事として告げたコーヒーを買いに雑貨屋へ行った。
雑貨屋を出てしばし歩いたところで、オレンジの髪が視界の隅に引っかかる。
歩く所作がどっしりしていて、強い剣士って感じの動き。
「あ、ナランハちゃん、おっひさー。元気してた? おれは寂しかったよー」
「ちょっと外に用事に出ただけだろうが。お前らと別れてから数時間も経ってねえぞ」
しかめっ面をされたのに、ミドは反対に自分の顔がヘラヘラ緩むのを感じた。ナランハもそんなミドの反応は見慣れているので、特に指摘しない。
「新しー武器買いに行ってたの?」
ナランハの背後には武器屋の入り口があった。
「いや、ちょいと手入れしてもらってただけだ」
「ナランハちゃんって結構物持ちいいよね」
「テメーが無頓着なだけだ」
いつもの何気ないやり取りをしながら通りを歩いて、人気の少ない街はずれの開けたところに出た。
「このまま愛の逃避行しちゃう?」
「荷物宿に置いたままだろうが。大体愛の逃避行ってなんだ」
「アルとネコの子みたいな?」
「逃避行じゃなくてお気楽極楽新婚旅行だろアレは」
「そんな空気が居たたまれなくてミドさんは宿から逃げて来たのでした」
「……」
今日初めてナランハがミドを労わるような目で見たような気がする。おこぼれみたいなお情けでも、ミドは嬉しかったりする。
「んで、こんな街はずれで何するの? ハッ! まさかナニする気……イデッ!」
「んなわけあるか。武器屋に預けた剣の切れ味を試すだけだ」
「見てていい?」
小突かれた頭をさすりながら、一応許可は取っておく。
「勝手にしろ」
「んじゃ勝手にするわー」
その辺のデカい石ころの上に座って、ミドは愛しの剣士様が一通り剣の調子を試すのを眺めた。
鞘から抜いて空に向かって一振りしたり、ヒラヒラ落ちて来た木の葉を一太刀で真っ二つにしたり。
カッコイーなんて野次を飛ばすと、うるせえ気が散るとすげない返事が返ってくるが、返事はちゃんとくれるのがナランハらしいとミドは思う。
「ヘラヘラしやがって」
「だってナランハちゃんと一緒だしー」
「……こんな街はずれで笑って座って、無防備なことだな!」
振った剣の先から魔を込めた斬撃が飛んできた。
キラキラと光るそれをミドは避けない。
手入れしたての剣の刃の、鏡面みたくピカピカなそれを眺めてさえいる。
「ガハァッ!」
斬撃はミドの頭上を通り過ぎて、背後から飛び出して来たゴロツキにぶつかった。
仰向けにぶっ倒れるうるさい音を聞いて、ようやくミドが立ち上がる。
なんとものんびりした所作に、ナランハは呆れたような顔をした。
「……ミド、お前気づいてだろ。なんで対処しなかった」
「ナランハちゃんの試し斬りにちょうどいーかなーって」
「俺が動かなかったらどうするつもりだったんだ」
「ナランハちゃんならおれのこと……ってか危ない目に遭いかけな人ほっとかないっしょ?」
信じてると言うようにまた笑顔になるミドに、ナランハはもう取り合わなかった。
「……で、コイツはなんだ。始末はどうする」
「さー? ただの強盗じゃね?」
ミドは衝撃で完全に気絶している男の上着を脱がし、適当に身体を縛る。
武器も建物の影に放り投げて、財布も見つけたのでこれもまた茂みの中に投げた。
「ごめんねー、強盗さん。こっちも身は守りたいし殴られたらムカつくからさー」
「財布まで捨てていいのか」
「いいよ金に困ってるわけじゃないしー。ナランハちゃんいる?」
「いらん」
言いながらナランハも手足を縛るのを手伝ってくれる。
自分が狙われたことにちょっとは怒ってくれてるのかなと思うと、やっぱりいい気分になる。
なんだか変だし甘いチョコもミルクもないけれど、自分たちも傍から見れば甘ったるいことをしているのかもしれない。
空気も匂いも甘ったるくてむせ返る宿の部屋から逃げてきて、ミドはやっと一息つけた気分だった。冬の冷たい風が、強制的に火照らされたミドの肌を冷やしてくれる。
凍えるような冷たさでやっと丁度いい塩梅になるほどヤバイ空間だった。あそこはにゃんこと兄貴分の愛の巣と化してしまっている。借りてる場所だというのに。恐ろしいやつらだ。
バカップルはいっぺん爆発するべきだと思う。
──冗談を抜きにすれば。自分とは少し距離のある友達のかたわらに、アオイが居ついたのは喜ばしいことだと思う。
ミドはあんな風にはアルジェンを肯定できないし、アルジェンもミドが年下だからといって、弟分の子ネコみたいにはミドを可愛がれない。
というか、お互いそんなことをしたら頭でも打ったのかと相手を疑うはめになるだろう。
(まー、ネコの子みたいに露骨には出来んでも、もうちょいアルが甘えて来たら応える用意はあったんだがねえ)
お互い『そういう好き』の対象として相手を見ることは今もこれからもないだろうが。
もう少しだけどちらかが踏み込めば、相棒とか親友とか表現される関係にはなったのかもしれない。
ただの友達という関係だって、良きものであることは違いないのだけれど。
向こうも多分そう思ってくれているように。ミドもアルジェンのことは友達として大切に思っていたから、たまにそう考えることだある。
とりとめのないことを考えながら、一応は外に出る用事として告げたコーヒーを買いに雑貨屋へ行った。
雑貨屋を出てしばし歩いたところで、オレンジの髪が視界の隅に引っかかる。
歩く所作がどっしりしていて、強い剣士って感じの動き。
「あ、ナランハちゃん、おっひさー。元気してた? おれは寂しかったよー」
「ちょっと外に用事に出ただけだろうが。お前らと別れてから数時間も経ってねえぞ」
しかめっ面をされたのに、ミドは反対に自分の顔がヘラヘラ緩むのを感じた。ナランハもそんなミドの反応は見慣れているので、特に指摘しない。
「新しー武器買いに行ってたの?」
ナランハの背後には武器屋の入り口があった。
「いや、ちょいと手入れしてもらってただけだ」
「ナランハちゃんって結構物持ちいいよね」
「テメーが無頓着なだけだ」
いつもの何気ないやり取りをしながら通りを歩いて、人気の少ない街はずれの開けたところに出た。
「このまま愛の逃避行しちゃう?」
「荷物宿に置いたままだろうが。大体愛の逃避行ってなんだ」
「アルとネコの子みたいな?」
「逃避行じゃなくてお気楽極楽新婚旅行だろアレは」
「そんな空気が居たたまれなくてミドさんは宿から逃げて来たのでした」
「……」
今日初めてナランハがミドを労わるような目で見たような気がする。おこぼれみたいなお情けでも、ミドは嬉しかったりする。
「んで、こんな街はずれで何するの? ハッ! まさかナニする気……イデッ!」
「んなわけあるか。武器屋に預けた剣の切れ味を試すだけだ」
「見てていい?」
小突かれた頭をさすりながら、一応許可は取っておく。
「勝手にしろ」
「んじゃ勝手にするわー」
その辺のデカい石ころの上に座って、ミドは愛しの剣士様が一通り剣の調子を試すのを眺めた。
鞘から抜いて空に向かって一振りしたり、ヒラヒラ落ちて来た木の葉を一太刀で真っ二つにしたり。
カッコイーなんて野次を飛ばすと、うるせえ気が散るとすげない返事が返ってくるが、返事はちゃんとくれるのがナランハらしいとミドは思う。
「ヘラヘラしやがって」
「だってナランハちゃんと一緒だしー」
「……こんな街はずれで笑って座って、無防備なことだな!」
振った剣の先から魔を込めた斬撃が飛んできた。
キラキラと光るそれをミドは避けない。
手入れしたての剣の刃の、鏡面みたくピカピカなそれを眺めてさえいる。
「ガハァッ!」
斬撃はミドの頭上を通り過ぎて、背後から飛び出して来たゴロツキにぶつかった。
仰向けにぶっ倒れるうるさい音を聞いて、ようやくミドが立ち上がる。
なんとものんびりした所作に、ナランハは呆れたような顔をした。
「……ミド、お前気づいてだろ。なんで対処しなかった」
「ナランハちゃんの試し斬りにちょうどいーかなーって」
「俺が動かなかったらどうするつもりだったんだ」
「ナランハちゃんならおれのこと……ってか危ない目に遭いかけな人ほっとかないっしょ?」
信じてると言うようにまた笑顔になるミドに、ナランハはもう取り合わなかった。
「……で、コイツはなんだ。始末はどうする」
「さー? ただの強盗じゃね?」
ミドは衝撃で完全に気絶している男の上着を脱がし、適当に身体を縛る。
武器も建物の影に放り投げて、財布も見つけたのでこれもまた茂みの中に投げた。
「ごめんねー、強盗さん。こっちも身は守りたいし殴られたらムカつくからさー」
「財布まで捨てていいのか」
「いいよ金に困ってるわけじゃないしー。ナランハちゃんいる?」
「いらん」
言いながらナランハも手足を縛るのを手伝ってくれる。
自分が狙われたことにちょっとは怒ってくれてるのかなと思うと、やっぱりいい気分になる。
なんだか変だし甘いチョコもミルクもないけれど、自分たちも傍から見れば甘ったるいことをしているのかもしれない。
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