冬。空にオリオンが勇ましく輝き、双子が仲良く寄り添うころ。私は星くずのベッドから起き上がった。
 今日は休日だけれど、早めに起きて明日のための準備をすることに昨日から決めていた。
 近くの川で顔を洗い、長い髪を整え終わったころを見計らって駆けて来た子犬の頭を撫でてやってから、星の散りばめられた空を歩く。
 深い藍のビロードを世界いっぱいに広げたような世界に在る星たちは、私が踏みしめる度シャラン、シャラランとはじけきらめいて、叩けば増えるビスケットのように新たに名もない星を生み出し続ける。
 星空草原を抜けた先に、星が生まれては積まれ、生まれては積まれを繰り返し、丘のようになっている場所がある。
 そこはそのまま「星の丘」とか「星の生まれる丘」と呼ばれている。
 空からシャラリ、シャラリと降ってくる星を追いかけ始めた子犬はそのまま遊ばせておいて、手が届きそうな星空に手を伸ばせば、そこには本当に星が乗っていた。
 生まれたての星はとろけそうなほどに甘くて、味に深みがある。
 私のところに落ちて来てくれた星をそっと抱えながら、私は子犬と家路につく。
 小さな火山のかまどに鍋を乗せ、その中に星を入れると、星はトロリと溶けて辺りに甘い匂いを漂わせた。
 あの人は喜んでくれるかな。不安に思う私の足元で、子犬が励ますようにワンと鳴く。
 子犬の元気いっぱいな一声で、少し元気が湧いてくる。
 甘く溶けた星はあんなに輝いていたのがウソみたいに落ち着いた茶色をしていて、型に流せばすぐにピッタリ固まった。
 ……なのに固まったハートの星はどこかいびつに見えなくもない。
 しかたない、お料理は本業じゃないのだ。
 
 ☆

「それで君は不服そうな顔をしていたの?」
「だってハートの形がいびつだとなんだか縁起が悪いじゃない」
「口に入れば一緒だよ」
「情緒がないわ」
「ちゃんとおいしいってことだよ」
「……ありがと」

 川を背に、私は彼と一緒に並んで座っていた。
 彼は優しいけれど、なかなか会えないからこんな何気ないやりとりだって貴重なのだ。
 星から出来たチョコレートをおいしそうに食べる彼の肩に、私は星みたいな、黄色のマフラーをかける。

「チョコだけじゃなくてマフラーまで編んでくれたの?」
「こっちの方が自信あるし」
「……うん、温かいし、縫い目も綺麗だ──流石だね、オリヒメ」
「もっと早く渡せたらよかったんだけど、ほら、この時期じゃないと会えないから」

 チョコレートを食べ終わると、彼──ヒコボシは私を抱きしめてくれた。
 甘いはずのチョコレートの残り香には、何故か苦い、ビターな香りも混じっている。
 もうすぐまた彼とお別れしなくてはならない。
 
 私達を引き離した天の神様は結構話のわかる人で、真面目に働くようになった私達を見て、一年に一度だけの逢瀬は少なすぎるだろうと、そろそろ春の足音が聞こえてくるバレンタインデーの時期にも、私達が会えるよう取り計らってくれたのだ。
 こうして会える時間をかみしめて、そのぶん普段の仕事にも精を出すのなら、二人で過ごせる特別な時間は少しずつ増えていくだろう。
 天の神様はそう言ってくれた。

「次に会えるのはホワイトデーだね。キミにもらったマフラーとチョコに見合うくらい、素敵なお返しを考えておくから」
「見合うだけじゃ足りないわ。三倍返しでお願いね」
「うん──今年からは、クリスマスにも会えるってさ」

 いつかまた、私と彼がずっと一緒に過ごせるようになる日も来るのだろう。
 その時までは、夜の帳のように少しずつ広がっていく、彼と過ごせる特別な、短い逢瀬を大切に、大切に心へ刻んでおこう。
 ふと天の川を振り向けば、いつもは私達を引き裂くように冷たく広がっているそれが、今は甘いミルクのように優しく流れているように見えた。
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