街の空をいつの間にか覆っていた分厚い雲に気づかなかったわけではない。ただ今すぐ降って来るだなんて思わなかったというだけで。ポツンと割に大きな雨粒が頭に落ちてくると、アオイはしっぽを逆立てた。

「ニャッ、やっぱり雨!どうりで今日顔をやたら洗いたくなると思ったッス」
「ああ、今朝やたらと水でゴシゴシやってると思ったら……」

 本来のネコの顔洗いと洗い方が違うんじゃないかという疑問はさておいて、アルジェンの決断は早かった。すぐに上着を脱いでアオイの頭に被せる。

「ニャッ」
「どうせ濡れるのだ、せめてアオイはそれでも被って少しでも雨を避けろ」

 雨粒の音と雨を避けて走る人々でやかましくなった街を、ネコと青年は宿まで駆ける。
 上着に隠れて見えなかった、走る時振っている腕についた筋肉が結構すごい。
 長い銀髪は、本能でも恋心でも、目で足で追ってしまう動きで翻る。
 貸してもらった上着は、間に合わせの雨避けとしては十分なほど大きい。
 宿に着いた。
 雨をしのげたネコとは逆に、アルジェンはぶるぶる頭を振って水気をはらう。
 ネコよりもネコっぽい動きだった。

「ギャー、ズボンもシャツもビッショビショなのだー……」

 軒先でシャツを脱いで絞り、水を吸った長髪も乱雑に絞る。
 もちろんそんな程度で水気が払い切れるわけもなく、前髪からはポタポタ水滴が落ちて──。

「み、水も滴るいいあにき……」
「雨に濡れただけで褒められたのだ!?」
「ボクは濡れネコにならなかったけど、あにきがびしょぬれになっちゃったッス……」
「なーに、どうせ濡れるのなら弟分の雨よけになった方が上着も本望なのだ」

 ポンと上着を被った頭に乗せられる手。
 どこまでも大事にされているのが幸せで、くすぐったくて。

(……あにきってこういうところ本当にカッコイイんだよなあ)
「……めちゃくちゃ聞こえてるのだが」
「ニャッ!? 心の声が漏れちゃったッス!? まあいいや!!」
「と、とにかく風呂だ、風呂なのだ!」


 ガヤガヤにゃーにゃー騒がしく宿に入りながら、二人はこの後の予定を立てる。

「あにきは部屋戻ったらすぐお風呂入ってくださいッス! 入ってる間にボクはお召し物とあったかいホットミルクの用意をするッス」
「フフ、ネコに淹れてもらったホットなミルクはおいしそうだな」
「熱燗の方がいいッスかね? ちょうど買い物もしてきましたし……」
「いや今日はミルクがいいのだ、まだ夜にも早いからな」

 大事にされてばかりの後ろめたさも恥ずかしさも。揃いのミルクを楽しみにしていそうな青年の横顔できっとチャラだ。
 そういうことにしておこう。 
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