旅の資金に余裕が出来ると、長く滞在する宿を飾り立てたい欲が出る。仮の宿だから、部屋を痛めたり、発つ時始末に困るほどゴテゴテ飾るのはいけないけれど──。花くらいはいいだろう。という事で最近アルジェンは花を買う。と言う事を友人のミドに話したら「お前天然でキザだよなあ」と言われた。「でも似合ってる」とも。どっちだ。と思う。花束を持って帰るとアオイが「キレイッスね!」というのでそちらを真実という事にした。
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 花屋の店内を一瞥。いつも目につく花を適当に買っていくのだが、今日はバラが目についた。バラというのもまたミドが言ってたようにキザだな。と思いながらアルジェンはバラの植木が大量に置かれている一角までやって来た。

 強い香りと赤い花びら。黄色や桃、白の花弁も混じっている。壁に張り紙があった。

『バラは本数で花言葉が変わります』

 なるほど。一本でも一目ぼれ。あなただけ。確かに出会った時のアオイはこの世のものとは思えぬ愛らしさだった。空の色した青い髪、湖面のように深い藍の目。ふわふわのしっぽ。二本では世界に自分とあなただけ。時々ずっと二人きりだったらいい、なんて本当になったら困ることを考える。三本目告白。もうした。四本目、死ぬまで気持ちは不変。アオイの気が変わらなければいいが。五本目、出会えて嬉しい。六本目、お互いに敬い愛し理解。可愛がってばかりで敬いが抜けてるな、反省するのだオレ。七本目、ラッキーセブン。密かな愛。何も潜んでない、次。八本目、思いやりと励ましにいつも感謝。九本目、いつも想う。いつも一緒にいたい。いつも想ってるし一緒にいるな。十本目、全て完璧。完璧にカワイイ完璧に素晴らしい完璧な弟分ネコ。大きな大きな張り紙の、花の本数が増えて行くごとに、アルジェンの想いは重く、かさばっていく。

 ○

「ハッ!」

 アルジェンが正気に戻った時には、百本のバラの花束が手に収まっていて、上客のアルジェンの背中に花屋の店員が「ありがとうございましたー!」と弾んだ声で別れと礼の声をかけていた。いくら懐に余裕があるとはいえ買いすぎた。しかし今更返品するわけもいかないし、アオイへの百パーセントの愛の表現には、このくらい必要だ。

 宿に戻ると、アオイはニャンニャンニャ♪とネコらしく歌いながら、椅子に座って繕い物をしていた。アルジェンが帰って来たのに気づくや、裁縫道具をテーブルに置いて、代わりに包装された花を手に取る。

「あにきおかえり……にゃ!? にゃんにゃんすかそのはにゃたば!」
「ネコ訛りがすごいのだ」
「ビックリして先祖返りしかけたッス、キレイッスね」
「アオイへの百パーセントへの愛を表現するのには百本のバラが必要だったのだ」
「ニャニャニャ!?」

 大きな花束のバラ一本一本に込められた愛情を見て、アオイは手に持っていた花を後ろに隠してしまった。

「何故隠すのだ」
「だって……あにきのスケールに比べたらボクの発想チビネコ過ぎて……」
「まだチビネコなのは問題じゃないのだ~♪ ウリウリ~♪観念して後ろに隠した物を見せるのだ~♪」
「あ~ん負けたー! かんにぇんしたー! というわけでどうぞッス」

 アオイが手に持った花は、束とは言えない。一本の花を包装して綺麗なリボンでまとめた、子どもが身近な大人に送るような──事実そうなのだが──ささやかなものだ。

「青いバラは、奇跡って意味があるらしいッス! あにきと出会えた奇跡……にゃ、にゃんちゃって! あにきが最近お花買ってきてくれるから真似っこしてみたんスけど……被っちゃいましたッス!」

 えへへと笑うアオイの用意した、ささやかな青いバラは、百本の赤いバラが生けられた大きな花瓶の隅にそっと収められ、誇らしく飾られることになった。