再読二巻目。
電撃hpのみで文庫に載らない予定だったらしい、プロローグの唯のちょっと昔の話がとても良い。っていうかコレ載せないと絶対ダメなやつだろ。何を言ってるんだ作者は。まさしく名は体を表すって感じで、一瞬の霞と消える唯と霞の関係だけど、「唯一の唯、唯一つの唯」という霞の唯の名前を褒める描写、結局叶わない、リバーズならぬリバースの構図になってしまう、最後の唯の決意。この作品を読み説くにあたって重要な要素がたっぷり入ってるんやぞ。何よりコレ載ってなかったら本編で言われてた「唯は崖から飛び降りた事があるらしい」って話が全然意味合い違って来ちゃうだろ……。作品読解とか置いておいても、純粋にこの話は切ない短編として出来が良いと思うし。

なによりこの作品の構成的に、このプロローグがなかったら唯の存在感が薄れてしまう。なんせ彼女は一巻以降、だいぶ終盤まで、拓己に想われ続ける、仲間達の心情にも絡んでいるという間接的な形以外で出てこれなくなっちゃうんだし……。終盤まで眠り姫よろしく、ずっと眠り続けるからね、彼女は。そしてなにより、ある意味では医者が予言したように、彼女は二度と目覚めん。

橋本紡さんがここら辺の「今傍にいなくても、想われている女の子」を書くのがめちゃくちゃ上手いから、こんなシナリオ展開にも関わらずメインヒロインが空気にならん、間接的に存在感がかなりあるけれど、読み返すとかなり思い切った構成だよなー。作家の作風過渡期ってのをこういう部分からも感じるわ……。

仲間達の話もだいぶいい感じで、「静かな教室」の弥生と孝弘の話は、男女の微妙な関係性を描くのが上手いと思う。片恋として優しすぎず残酷でもなく、が絶妙過ぎる。この二人の心情をメインカップルの唯と拓己と上手い事絡めてるとも思う。七海の話のが記憶に残ってたが、読み返すとこの話も良いなあ……って思う。七海のマズイクッキーは妙に記憶に残るイベントだな。あんま他のエピソードに比べたら本筋には関わらないんだけどな。

ここでメインキャラ達が出揃うし、当時十代の読者を中心に結構人気があったらしい、ってのもよくわかる、微妙な少年少女の感覚を書くのが上手いと感じる巻。多分イベントはベタなくらいなのに、よく考えられていながらそういう堅苦しさを感じさせない美しい構成と、簡潔で柔らかい文章が、独自の透明感を形作ってるんだよな……。私がゼロ年代のセカイ系好き過ぎるってのはかなりあると思うし、良くも悪くもこんな青臭い話にのめり込めるような感受性を未だに持ってるだけとも言えるが、やっぱりこの作品は今読み返しても、全ての要素が美しいと感じる。一文一文読み入るのに、重すぎることもなく読むそばから溶けていくような……。読んでる間、ずっと夕焼けの中を歩いているような……。そういうノスタルジックな切ない感覚がある。この巻のラストシーンも夕焼けで終わるしね。

確かにSFとして読むにはあんまり……かもしれないが、この作品の非現実的要素がないと書けないキャラクター達の美しい心情達を思うと、やっぱり橋本紡さんが幻想の一切をこの後の自分の創作で捨ててしまった感があるのはもったいないと感じるんだよな……。これもまあ、私がなんらかのファンタジー要素ないと魂からハマれない性質なだけかもしれないんだが、やっぱり超一致好みの空気の作品とか置いといても、コレシカナイ的芸術性があると思うんだよな……。

「半分の月がのぼる空」にファンタジーはいらない、というこだわりは読んだ上でよくわかる。わかるけど、作品ごとの使い分けの問題ではなく、その後自分の一芸の一つだったものを一切捨ててしまった感じの頑なさは、結局自分を追い詰めすぎて、よくあるいつの間にかフェードアウトではなく、作家のハッキリとした意志表明で筆を折ってしまった理由に繋がっているような気もする。
2023/09/28(木) 03:12 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)