かってに改蔵の初期の話で、「消臭剤で消えたニオイはどこへ行く?」「知らんのか、五分後の世界だ」みたいなやり取りがあって(うろ覚えなので台詞の細部は違うと思う)、コレが小説のタイトルだと知ってからなんとなく気になってたけど、読まずに十年以上経ってしまい、今回やっと読めた。

主人公の小田桐がド天然萌え男過ぎる。っていうか出て来るキャラ出て来るキャラ、モブから名有りまで血が通っていて温かいと感じてしまった。こんな話なのに。そういうのすごく良いと思うよ。

一口に言ってしまえば、日本が降伏しないまま戦争を続けている異世界転移もの。主人公の小田桐は本当になんの予兆もなく、気づいたら謎の集団の行進に紛れて歩き続けていたわけで、そのまま戦闘にも巻き込まれるわけで、結構理不尽だと思うんだけど、それを全く感じさせないんだよね。何故かと言えば、描かれている人間と小田桐の語りがどこか温かいから、グロと血にまみれているのに雰囲気が悪くないんだよね。

全然縁もゆかりもない、なんなら主人公はなんとなく現地人からも異端の奴、って察せられているのに、戦闘が始まって死ぬぞ、ってなったらすぐ横の男が伏せろ死ぬぞ!って庇ってくれたり声をかけてくれたりするんだよ。主人公が半分ヤケクソになって撤退の流れになって残る時も、バカ逃げろ、って周りの人も声かけてくれるし、それでも残るってなったらガンバレーって声かけながら武器とか分けてくれたりしてさ。

もちろん戦争してる話だから次の瞬間小田桐の事気にかけてくれてたようないい奴が、人間が、肉片になったりはしてんだけどさ。同時にほんとにただご飯食べてるだけの微笑ましいモブ家族みたいな世界の日常も描かれててさ、それで主人公が顔も覚えてないような出て行ったお母さんを思い出して泣きそうになったりするんだよ。恥ずかしいから一緒にご飯食べてる人達にはごまかすんだけどさ、そこで私も思わずホロリとしてしまったよ。

っていうか小田桐が天然で萌え男過ぎんだよな。元の世界では割と酷い商売しててクズだったみたいなんだけど、女が途切れる事はなかったっぽいのはよくわかるよ。行きずりの女が膝をついたら自然に手を貸そうとするとこや、母ちゃんの事思い出したりするところでもうメロメロなのに、その女の唇が渇いてるからってリップクリーム塗ったりするんだよ。もうここら辺で完全に好きになっちゃったよね。

出て来る人々も、思わず笑ってしまうような親バカっぽさが見えるお父さんとか、自然体でメチャクチャ色気のある女軍人とか、オムライスが好きな、本人もちょっとそこを恥ずかしいと思ってる子どもっぽい味覚の司令官さんとか、心に残る人間ばかり。

自分が行きたいかと言われると嫌だって答えるけど、この世界の事をどう思ったか訊かれるくだりで、小田桐が「気に入った」って答えるのすごく良くわかるんだよな……。

割と序盤でわかる事なんだけど、五分後の世界ってのは、小田桐(っていうかifの日本に転移してしまった現代日本人達)の時計から見て、この異世界の時間が五分進んでいるから五分後の世界。そのタイトルが、最後の最後でも回収されて、「ああ、小田桐は本当にこの世界の住民になったんだなあ」と感じられるラストが素晴らしい。正直に言えばもっとこの先も読みたかったくらいだけど、良い終わり方だと思う。負けないぞ、と肉片と弾丸と土ぼこりが立つ世界で奮闘する小田桐に対して、私も「頑張れ」と言いたい。

物語の中で生きている人達の血の温かさが、そこで行われている日常からただの死体になる戦場のくだりも含め、強く伝わってくるような小説だった。

デリケートな要素も扱っているけど、そういうのは書きたいものを書くための世界設定、オマケに過ぎないと思う。書きたかったのはこの世界に息づく人々と、「生きる」という事。結果的に人が無残に死んでも、決して死にに行くための世界ではないと言うことは細かい描写からも、ラストシーンからも読んでれば伝わってくると思う。女の人の白い肌に青い血管が見えるくらい、人の血の通った世界なんだもの、そりゃあ撃てば血も出るし生々しく死ぬさ。生きてるんだもの。そんな感じがする。実際後書きを読んでも、突き動かされるように書いたってのを、もっと一流作家らしい上手い表現で語っているし。

村上龍、こんなに面白い作家だったのか……。初めて読んだのが「限りなく透明に近いブルー」で、それがマジで誇張抜きで「本一冊分使って主人公がラリってるだけ」みたいな話(だったと思う)せいで、コレ読んだっきりずっと遠巻きにしちゃってたよ……。(コレもタイトルとラストシーンは良いとは思ったんだけどさ、当時も)。

やっぱり合わないと感じた作家でも、たった一作で遠巻きにするのは良くないな……川端康成も伊坂幸太郎も、最近違う小説読んでみたらすごく面白かったもんな……。人気作家だったらとりあえず二冊までは読んでみる、を自分に課そうかな。
2024/02/27(火) 05:27 作品感想 PERMALINK COM(0)