グルグルのアラハビカという概念というか存在が大好き過ぎて、ドキドキ伝説全部は無理でも、ドキドキ伝説版アラハビカは覗いてみたいな。って思い始めた。多分当時もリアタイで見たとは思うんだけど、流石に記憶にないしな……。いうてドキドキ伝説ではアラハビカ編って
全38話中10話も使って描かれたらしいから、けっきょくそれなら全部買った方がって感じだけど。
いや、そらそうよな……
原作だってアラハビカ編ってかなり長丁場の話だし……。よくたった
3話でアラハビカをまとめたもんだ、2017年アニメ版……。
ドキドキ伝説を見てた記憶はあるが、流石にもうED曲「西の空へ」「enjoy the party 」とOPの「ダイナマイトヘヴン」辺りしか記憶に残ってない。
しかしこの頃からグルグルってボーカル曲が素晴らしいって言うか……どうしても初代ばかり語られるけど、1期2期3期と毎回違う人らが関わってるだろうに、多分愛情値は変わらないっぽい
(そりゃ好みとか時代を感じる部分とか、合わない部分はあると思うけど)のすごく愛されてるんだな……。
グルグルって本当に誰が公式メディアミックスで扱っても、どうしてこんなに愛された作品になるかが本当に不思議なんだよな……。自分でこんな、オタク人生全部使って沼ってるくせに。
いやでもやっぱ、
誰かはどこかで致命的にとちってもおかしくない作品だと思うんだよな……
説明ってものがわざと省かれてる事が多いから……。
(その分よく見ると、根底はこういう話だっていう状況証拠自体はわかりやすいんだけど)どうも、
私が調べられた範囲では、そういうのってないっぽいんだよな……。不思議だなぁ、それだけ衛藤先生がわけのわからないものを描きながら、本当に大切な部分を伝えるのが上手いのか……。
普通、
何回もメディアミックスされたら、やっぱ一個はクソゲーとかクソアニメとか出ると思うんだけど、
原作付き作品としてそう致命的なものは、どうもなさそうなのが……。
監修はしてるのかもしれないけど、
それでもそんなに足並み揃えられるものなのかなぁ?って。というか
衛藤先生だって多分自分もそうされたくなければ、他人にもなんか強い過ぎるのって好きじゃないような気がするし……。やっぱ、
この作品に公式に関わった人達が、自然と理解してこんな風に至っているって言った方が正しいよなぁ……?
以下、グルグルとハーメルンのバイオリン弾きの比較論
確かに
グルグルを見ると、ハーメルンのバイオリン弾きってメディアミックスコケ散らかしたからマイナーの中でもマイナー、ってのはあるかも。
グルグルは何故かほっといても知ったけど、
ハーメルンのバイオリン弾きって、人に勧められるまで知らなかったもん。学生時代、もうない思い出の書店とかで、この時期のガンガン作品に自然と惹かれて、自主的に買ってたにも関わらず。
うん、なんでいくつも出会う導線があったのに、こんなにハーメルンのバイオリン弾きに出会うのが遅くなっちゃったかわかった。
普通にアシさんの言う通り、
「メディアミックスで大失敗した」のをトリガーに、渡辺道明先生は人気作家から転落しちゃう道を行っちゃったんだ。
多分、私が
ガンガンコミック掘ってた時にはもう、渡辺道明先生はもう、ガンガン編集部ってかスクエアとも関係が悪くなってた。んで、
シェルクンチクも予定通り、いつもみたいにイキイキとキャラが描けず、コケちゃった。その後の顛末は皆さん知っての通り、版権事渡辺先生ガンガンから撤退という。
ハーメルンのバイオリン弾き〜シェルクンチク〜ってホントに酷い作品というか、もう
単行本1巻の表紙見た瞬間、あ、編集と何も噛み合ってないし、編集は渡辺道明先生のいいところを知ろうとも思ってない
って、旧作読んだ人間ならわかるような酷さ。(実際後半の表紙は渡辺先生の以降でいつものノリに戻っている)
この辺の、
アニメといい、公式関係者たちがハーメルンを悪い意味でオサレな作品と思い込む現象なんなんだろう?クラシックとバイオリンという要素がそうさせるのかなぁ? ハーメルンは確かに、
作者が愛したクラシックによる音楽ファンタジーだが、それは正装してコンサートに行くような
硬い格式ばったものではなく、
路上の青空の下突発コンサートを開いているのを聞いて、ふと通行人も立ち入って聞き入るような、
本当にささやかで温かいものなのに。(実際ハーメルの普段の仕事は大道芸人だし)。
確かに
ハーメルンはギャグとシリアスの格差がおかしい。その作風を踏まえてもやり過ぎてる部分もある。好き嫌いもハッキリ分かれるだろう。
なんなら渡辺道明先生の人柄自体がちょっと極端で、無理な人は無理なんだろう。(私はあの躁鬱の激しさ、良い意味での創作への熱さに親近感わく側だけど)
まあそういう、言ってしまえば渡辺先生の方も悪い部分があるとはいえ、それにしたって、
作者も作品も個人的に嫌いだったとしても真面目に読めばわかるような事すら、
シェルクンチクの編集と
アニメスタッフには拾ってもらえなかったんだなって。
渡辺道明先生は、
アシさん越しに聞く逸話を聞いても美点欠点がマジで著作そのまんまっつーか、
話聞いてても何も驚くところがなくて、原作読めばわかる事を一応答え合わせしただけ、ってレベルの人ではある、極端な人だから、どういうルートをたどろうが、スクエニに三行半は突き付けちゃう人だったかもしれない。それこそ
アニメ最終話タイトル、終わりなき一つの道って感じでな。
そうだとしても、この人が
こんなに同時期に活躍した作家に比べてもはっきりマイナーなのは、編集にもアニメにも全く恵まれなかったせいとしか言いようがない。
だってガンガンからは撤退しても、
ブレイドから新装版出てた天野こずえ先生の浪漫倶楽部みたく、新しく新装版が出せてる環境があったら、多分私あの時ちゃんと手に取ったと思うんだ、渡辺道明先生のハーメルン。でもこの人は、そういうルートからも外れているというか、
多分漫画家人生、メディアミックスをきっかけにコケちゃった部分が、本来絶賛してくれるような読者との出会いも隔てちゃってる、そんな感じがする。
もちろん既に人気作家に対して、
私が学生時代には結局この作品に出会えなくて、ネットの交流の仲でのオススメをきっかけに数年前ハーメルン無印一期買いをする程度にはハマったところで、
少なくとも自分から作家に恩着せがましくするような話ではない、くだらん、大した話じゃないとは思う。
ただ
数年前めちゃくちゃハマったからこそ、本当にオタクが酔ってるだけのくだらない話だからこそ「なんで天野こずえ先生や衛藤ヒロユキ先生、木下さくら先生、それこそ当時渡辺先生と仲が良かった西川秀明先生みたいに、私はこの作者だけもう少し早く出会えなかったんだろう?」みたいな違和感はずっとあったんだよね。
この
邪推が仮に間違っていたとしても、多分ここは私みたいなどっぷりオタクにとっては流してはいけない部分のような気がする。渡辺先生と同じ年代か近い年代に活躍していらした、私が刺さったガンガン作家の中に、何故か渡辺道明先生だけ入らなかったのは、バタフライ効果みたいな何かがあると思う。
じゃあその
風が吹けば桶屋が儲かるのキッカケは何か、って言ったら、やっぱり
原作を何も理解していないアニメ版。としか言いようがない。
なんかアニメの批判すると、
「そうだよね、シリアスだけのハーメルンなんてハーメルンじゃないよね」とか
ぶっちゃけ浅い物言いが返って来る事が多い気がするんだが、私がアニメハーメルンを心底ダメだ、って言ってるのは、
1.原作の最重要核心部分である、これだけは保てば違う作品にはならないテーマ、「人間賛歌」を滅茶苦茶に踏みにじった上、どうもファンブックのプロデューサーの寝言を聞くとその自覚すらない事2.↑の過程で、普通、どんな原作レイプアニメだろうとやる発想がない、キャラとキャラの人間関係を叩き潰してしまっている事(サイザーとハーメルが殺し合ったり、ライエルをハーメルが本気で憎んだり、フルートやハーメルの母の聖女要素が消えてドロドロの女と化した事)であって、
ギャグがないからなんて下らん理由ではない。っていうか
最終二話まではちゃんとハーメルンとして楽しんでた寛大さなんだよなぁ。最終二話で完全にキレたが。一番の謎が、
おそらく渡辺先生ととても気質が似ていると思うブレインのアシさんも、にわか新参ファンの私もこのアニメにブチ切れてしまったのに、
何故か当の渡辺道明先生は絶賛してたって事。
別に
会った事もない癖に断言してもいいが、
渡辺道明先生みたいなタイプの、ほとんど全てのキャラを愛する作者が、ハーメルンクソアニメのような事をされて何も思わなかったわけがない。(あ、クソって言っちゃった)
まあこういう感覚もわからない人にはわからないけど、好き嫌いは置いといて
渡辺先生はアニメ版を見て、実の子ども達が無残に殺されるのをただ眺める親くらいにキツイ気分には多分なったと思うよ。
その上で渡辺先生がアニメを一つの作品として褒めたのは、
私も認めるのが悔しい事に、これが一つの鬱ファンタジーとしてはメチャクチャよく出来ているからって事。後はまあ、善意で作ったってのは理解したのかな。(悪意だったら怒ったとは思うが)。まあ私もアニメから入るとか、これが完全なオリジナルとかだったら、鬱作品としては普通に絶賛してたと思う。
渡辺先生の作家性と原作の綺麗な根底のテーマとあの躁鬱の激しさに惚れた後じゃ無理だったが。
何よりも、自分の作ったキャラクターが動くのって嬉しいもんな。そら好きは好きよな。まあ
ハーメルンアニメはハーメルンノベライズ版のページの端っこに渡辺先生が描いたパラパラ漫画より動かないけど。
まあ長くなったが、渡辺先生と同年代くらいの作家は勝手にハマった記憶があるのに、
(当時友人だった西川秀明まではたどり着いてたのに)、ネットで教えてもらうまで結局ハーメルンにはたどり着かなかったのは失敗アニメのバタフライ効果な感じがするし、作家に才能があっても理解者がメディアミックスの際に誰もいないと、私みたいなささやかな出会いまでおそらく阻害してしまうほどに、コケちゃうんだな、って感じ。
そういう意味でも、
ハーメルンアニメは見る価値があったかな。そろそろ
純粋に自分の元からは片づけるべきだと思うけど。見るべき作品だったけど、これは本当に一回こっきりでいい作品。