再読最終巻。
4巻の終わり、5巻でやっとメインヒロインの唯が目覚める。とはいえ、唯はこれまでの事全部を忘れて、喋る事すら出来ない。一人で飯を食う事すら出来ない。そんな唯を健気に世話する拓己の様子は微笑ましいし、最終巻にしてやっと芽生えた直人と遥のラブらしきものも可愛い。愛や恋という名前はついてないけど、小説なんか読まない男がさ、授業サボってまで女の子の気にしてた物語の結末を調べるってそれすなわち恋の始まりだよな、多分。

SF描写は本当にあっけないし、真面目に読んでても正直よくわからない。仮に作者に訊いてもハッキリした解答は返ってこないと思う。でもそれでいいというか、この巻の全ては、ラストのエピローグに集約されてる。

かつて大切な女の子と歩いた海へ、今度は(保護者の大人は同伴してるが)一人で行く。その海と川の境目の場所で、拓己は受け取る。大好きだった女の子からの、最後のメッセージを。このメールの期日指定サービスを使った演出は非情に秀逸で儚くて切ない。

ゼロ年代セカイ系はあの自体特有の独特の空気があると思うんだけど、コレはその中でも、マジでこの時この年代でしか生まれない、書けない作品だなぁと思う。スマホなんかない、携帯電話もやっと普及し始めた時代。連絡手段がガラッと、切り替わる境目の年代。そして橋本紡さんが、幻想の一切を捨てて、自分の書きたい、理不尽な現実に物語を通して立ち向かう作風に切り替える境界線の時期。リバーズ・エンド、川と海が交わる場所というのが、1巻と最終巻で重要ワードとして使われているが、それは多分作者の心境とも関わっているんだろう。川を降りて、いつの間にか淀んでいた場所から大海に旅立つのは、拓己と唯だけでなく作者もだったんだろう。まあその作者は、ラノベって川から一般文芸って海に出てからその後、何作か出して筆を折っちゃうわけなんだが……。

セカイ系という「僕にとって大切なのは君という女の子であって、世界の謎とか危機じゃない」って感じのジャンルにしても、SF要素がなんか粗削りというか上手く混ざってない感じもしたり、そんな感じで上手いとこ荒っぽいとこ混じってたり。多分今の若い子が読んでもピンと来ない、刺さらない人は全く刺さらない、古いノリの作品なのも含めて、コレは良いラノベだなぁと思う。私がラノベで読みたいものが詰まってるというか。ラノベ作家ってぶっちゃけあんま長持ちしないじゃん。数作書いて消えるのがほとんどっつーか。一瞬のひらめきときらめきと、その時の作者の良い意味で若い感性で作り上げられた芸術というか。そういう儚さがある作品だよね。朝焼け、夕焼けという、世界が切り替わる時間の空が何度も印象的に使われてるのもそんな感じ。唯が唯である事の境界線、作者の作風の境界線ともリンクしてそうというか。

なまじシンプルでわかりやすい文章が書けるだけに、一般文芸に行けてしまったし、本人もそれを望んでの事だったんだろうけど。コレ読むと、良い意味でこの人ほどラノベ向いてる人もいない気がするんだよなぁ。橋本紡さんがラノベ界隈を望んで去らなくても、どのみちこの感性はいつか失われてしまったやもしれんが……。

あと一冊特別編があるしそっちも再読する気だけど、やっぱりこの作品は一巻のラストである意味終わっていて、5巻で終わりの作品だなぁと感じる。ぶっちゃけちまうと、再読まで1巻と5巻のラストシーン以外ほぼほぼ忘れてる事のが多かったくらいだし。再読したら途中の物語もエピソードもとても良かった(面白かった、というより良かった)けど、作者も一番書きたかったのは間違いなく1巻ラストと5巻ラストじゃないかなぁと思う。とにかく情景が、空気が、タイトルの意味や作品の設定に反して綺麗な作品だった。終始「澄んでいる」ってイメージなんだよね、個人的に。
2023/10/01(日) 20:04 作品感想 PERMALINK COM(0)