栗本薫の良質SF三本立て短編集。



【時の石】主人公の谷本くんが見つけた不思議な石をきっかけに起こる不思議な事件の話。ふんわり不思議、っぽい描かれ方をしそうな展開だけど、ちゃんとSFの理屈付けをされているのがやっぱり上手い作家なんだなぁと思う。栗本薫さん特有のやるせなさ、寂しさを感じる良質な青春SF……と軽く感想を締めたいとこなんだが。

これさぁ、多分楠城くん、主人公の谷本君の事好きなゲイだよな?だってさあ、谷本君と同じ女教師に惚れてたとしたら、なんか色々違和感あるんだもん。最後のなんかちょっとBLクサイオチとか、絶望して死のうとする谷本くんをやたら熱っぽく、めちゃくちゃ必死に止めて、とうとうこの世に引き留める流れとか。何より、彼にだけ「戻りたい過去がある人には効いてしまう」という時の石が効果がないのが、本当に谷口くんが推測する通りに女教師に惚れていたのだとしたらおかしい。谷口くんにこっそり友情以上の愛情を抱いていて、谷口くんが感じていた嫉妬の目線も、谷口くんに女教師を取られる、という嫉妬ではなく、女教師に谷口くんを取られるという嫉妬だと仮定し、彼が過去にこだわらないのは、谷口くんといる今があるからだ、とした方が作中の違和感が全部解けるんだよ。あともう一個、栗本薫作品レビューで有名な某氏いわく、「栗本薫は、受の童貞を嫌う」そうなので、作中で童貞を卒業した谷本くんが、最終的にゲイの楠城くんとBLくさい友情エンドに至る物語なのでは?という邪推も出来る。

まあ全部私の状況証拠から来る邪推でしかないといえばそれまでだが……純粋な友情とするには、作者がそもそもBL系の人、というレッテルを貼らずとも、なんか違和感のある話。作者の中でこの二人はBLってのは多分間違いじゃない推測のような気がする。単純に見ても、ラストシーンがなんか妙な空気だし。

まあそんな邪推をしなくとも、心に抱えた悲しみから、向こうがわに行ってしまった先生と飯沼くんの魂の叫びや、楠城くんの熱い説得と友情で、悲しみを乗り越える谷本くんなんかのドラマは心を揺るがす威力があって、良い青春SFであることに変わりはない。コレ作者的にはBLなんじゃね?という邪推をしまくってアレだが、女教師の魂の叫びのくだりとか、悲しい人のまま消えてしまう儚さとか、やっぱり栗本薫さんって女の人書く方が上手いな、って思う。

【黴】ホラー要素のが強い。設定的にはSFなんだと思うけど。おぞっましい黴の描写が上手すぎ。読んでて想像出来る生理的嫌悪を感じる不気味生物描写にはちょっと寒気がしたくらい。それでいて、世界がいよいよ深刻的な事になる終盤は、作者の叙情的な描写が上手くてちょっと綺麗なくだりさえある。こんな状況でも人の情を感じる医者と母と父親とか、恐怖を煽るのではなく、最後までヒロインの典子を案じる小沼とかには人間の切なさとか美しさを感じて、本当に文章の上手い作家さんだったんだなと感じる。短編ゆえここで終わり?ってのがちょっと残念に感じるけど、希望の感じるラストなのも良い。

【紫の炎】ある日突然、自分以外の人間がいなくなった──?というところから始まる、終末?SF。ほぼほぼ犬みたいな、謎の狼ロボが可愛い。そんな狼を愛した主人公の出す結論がカッコよくて、最後のヒロインの台詞も、人って言うか女の人ってきっとこんなに世界がメチャクチャになっても変わらないんだろうなぁみたいなものを感じて、とっても可愛い。栗本薫さんは本当に女の子を描くのが上手い。性格最悪、容姿も悪い、でなくてもヒスっぽい、みたいな女子ばっか出てくるのに、同じ女から見てもとてもカワイイと感じるんだよな。うんうんわかるわかる。腐女子ゆえに男描きたがるけど、妙に力と性癖入っちゃって、自然体で力抜いて描ける女子のがなんか良い感じになっちゃうアレ……。

やっぱこの人のSFは良いなぁと感じた。俗っぽくてどこかで見たような話……って言われればそれまでだけど、やっぱりこの味は栗本薫さんじゃないと出せないんじゃないかなぁ?って思う。SF文脈や文体が苦手な私が、こんなにスラスラと読めるのって珍しいしなぁ。

それにしても、時の石の「ある特定のタイプの人間には致命的に効いてしまうが、全く効果がない人間も普通にいる」っての、栗本薫さんの作品そのものという感じがする。栗本さんが刺さる側の私が言うのもアレなんだけど……。もっとすごい、熱狂的な失望や信者をしていた人らってのは、まさしく時の石のように栗本薫さんが効いてしまったタイプの人達なんだろうね。

それにしても、セクシー過ぎる表紙はもうちょっとどうにかして欲しい気がする。本文にもあんま合ってない気もするし……。って思ったけど、三本ともメインを張る女子がとても印象に残るので、上手い表紙と言えばそうなのかな。
2023/11/14(火) 19:16 作品感想 PERMALINK COM(0)