石神さんが切ないサスペンス。
最初のヤバイ提案しかけるところで「何このヤバイイケメン」と思ってしまうほどオーラがある石神さんのためにある感じの物語。いうて石神さん、ハゲかけで身だしなみとか気づかうわけじゃないし、糸目の大柄で美形とは無縁なんだけど。そんな石神さんと、大学の頃の古い友人友人湯川と、刑事の草薙萌え作品。だと思う。中盤までのこの三人の陣営の化かし合いは普通に面白かった。終盤の仕掛けと、石神さんの、愛する女の為の行動は私の癖(好きな人、大切な人の為にヤバい事しちゃう男)にも引っかかるし、少し泣けたくらい。

純粋に見ても、石神さんには報われて欲しかったかな……。せめてその「献身」くらいは達成されて欲しかったと感情論で思っちゃうよね。東野さんって作家も、この作品も、もとよりそんなタイプのものじゃないんだろうけども。いやまあ、あのラストの靖子さんは、ある意味じゃ救いなのかもしれないけど……。石神さんはそんなの望んでないし。

正直靖子さんは、石神さんの気持ちに応えないのはともかく、事件も解決してないのに他の男とデート行っちゃったりしてて、好きになれない人だったが。最後のアレと「どうしてこんなに色んな男に愛されていているのに幸せになれないんだろう」という自問のくだりでちょっと印象が変わったかな……。正直どっちに転んでも読者の好感度が上がりようがない立場にいて、メタ的に見ると可哀想なポジションかもしれん。娘にもそこら辺の浮かれぶりは指摘されてる事だしな。娘さんが、母親とは裏腹に、石神の方に懐いてたっぽい?のはちょっと萌えた。義理の父のせいで大人の男苦手みたいなのに。

石神さん、相手との噛み合わせさえ良かったなら、絶対いい旦那になれるタイプなんだよなぁ……。靖子さんのみじゃなくて、娘とセットで、その存在自体に惚れこんでるわけでしょう?旦那とか、恋人だったら同じ事が起きちゃったとしても石神さんの目的は達成されたかもしれんな。靖子さんにとっては、最後の最後、彼の気持ちと本当の作戦を知るまで、石神さんはただの他人の変な男、くらいでしかなかったの残酷だよな。どうしてこの手のタイプは報われないのかなぁ……。まあ好きでもない、イケメンでもない男にこんな風に愛されたって困るよなぁ、良い人だろうと。

でも秘密もそうだったんだが、この人の作品って、なんか「いい作品だな~素敵な作家だな~」って陶酔したりする感じではないかも。多分あまりにも設定からして詰んでるし、結末もキャラクターがとても常識的で、人らしい情があるがゆえに、決まり過ぎているせいなのかな。秘密を読んで、面白いと思ったし心に残ったシーンがないわけでもないのに、何故かこうして十年以上も次を手に取る間が空いたのには、無意識的なやつだが理由があったのかもなあ……と思った。意識的に避けてたつもりは全然なかったんだけど。読みやすいし、特に男性描写なんかは男のキモイも悪びれない無神経も、悲しいほどの一途さもかなり上手いと思うしで、客観的にはお気に入りの作家よか万人に勧められるというか、他人に無差別に勧めるなら、お気に入り作家よりこの人かなって感じなんだけど。

とても面白いけど、あまりに「楽しくはなさ過ぎる」のかな。ファンタジー要素ゼロの現代サスペンスものだから仕方ないとこもあるし、私自身もあまり現代ドラマ系作家って読まんのだが、でもこういう「とても面白いけど、楽しくなさ過ぎる(腹は立たない)」って感覚は東野圭吾だけかな……。森村誠一とかは胸くっそ悪いのになんか楽しいし(エロかった、以外のこと後からほとんど思い出せないけど)、伊坂幸太郎はさっぱりダメだったし(他の読んだら違うかもしれんが、あんま手のひら返すことはなさそう)。刺さる部分がないわけじゃないのに、何故か自分にとって本当に中間の部分に留まる作家だな。バツグンに読みやすいし上手いから嫌な感じはないんだけどね。

でも十年ぶりに読んだらやっぱ面白かった。構成は申し分ないし、男三人の距離感のある友情ドラマにはやるせなさも萌えもあった。

そして何故私がファンタジー作品ばっか読むかといったら、「キャラクターが第三の選択が出来る」からなんだろうなともコレ読みながら思った。幻想要素のない作品って、やっぱり胸糞や重さがダイレクトに来過ぎるというか、選択肢がそもそも少なすぎるというか。リフレインブルーが私にとって名作なのは、愛し合う二人が相手を縛るのでも、ただ別れるのでもない第三の選択が出来る、美しいファンタジーだからだし。そういうのって、現代ドラマだと絶対無理じゃん?ファンタジーに求めるとこがそこ(現実の重さやエグさを中和する、キャラクターの結末の選択肢を増やしてあげる)だから、そこら辺の重さを世界の幻想でくるめていないファンタジーに腹立てちゃうんだろうな。

石神「この方程式に解は必ずある──。」←このくだりやたらカッコいい。

しかし秘密といい、コレといい、まあ二作しか読んでないけど最後主人公の男が号泣して終わりがちだよな、東野圭吾。全然作風もジャンルもかすらんが、多分根っこの魂がなかむらたかしとか、昔の新海誠とかと近い。叙情的寝取られや悲恋。でもこの二者ほどは刺さらん謎。別になかむらたかしも新海誠も毎回合うわけではないし、なんなら特定の分野に関しては東野さんのが数値高いと思うんだが。東野さんはそもそも根底の何かが決定的に私と全然合わないタイプの人のような気がする。簡潔な文章とか、しっかりした構成力とか、男性作家らしくキモさ切なさ美しさを内包した男の描写とかが抜群に上手いから、私も読めるし一定以上楽しめるんだけど。

全ての部分で80~90点取る作家というかな、東野さん。全部80~90点。十分すごいんだけど、他全部赤点~60点くらいだけど、ここだけは100点通り越して200点とかそういう作家じゃないから、多分私に刺さり切らない。全部じゃないけど、私の好きな作家とか作品って、多分そういう極端なのばっかだと思うし。
2023/11/16(木) 19:41 作品感想 PERMALINK COM(0)