身内とメールしてて、
「花さか天使テンテンくん」の話になって、好きだったシーンを熱く語ってから、「あ、これ、私にとってのグルグルその2(優しすぎて忘れてた、忘れたくなかった作品)」だな??? ってなって、
AmazonKindleで今一巻無料だったので読んだ。
はい、
グルグルその2(優しすぎて忘れてた、忘れたくなかった作品)でしたね!
花さか天使テンテンくんのストーリーは、もらえるはずだった才能の種・サイダネをもらえなかった何やってもダメなのび太系男子のヒデユキくんが、ドラえもん系天使のテンテンくんと一緒に色んなサイダネを試しながら、本当の才能を探していく物語。
読んでた時はテンテンくん割と酷いことしたよなとか、ヒデユキ君大変だなぁとか思ってたけど。でも
無事サイダネを貰ってから生まれた人達も、実はそんなにヒデユキ君達と才能を育てる厳しさの条件って変わらないんだよね。
そこはもう一巻の時点で既にはっきり語られてる。なんなら
現実の自分達も、テンテンくんの世界の人達と条件は変わらない。テンテンくんの
設定は今見てもすごく凝ってるけど、それは
単に漫画を読んでる現実の読者もそうな事を明確にわかりやすくするためだけにあるというか、
作者が自分なりの世界を作るためにだけある感じじゃないというか。天使とか悪魔が出て来るメルヘンドタバタギャグなのにね。
ヒデユキとテンテンコンビってまんまドラのびコンビだけど、才能は何一つないが心優しいヒデユキと好き勝手動き回るテンテンは亜流に留まらない良さがある。
1巻の買い物回、好きだなぁ。
ヒデユキ君ってすごく優しいんだよね。ヒデユキのママが
「ヒデユキのいいとこはいっぱい知ってるけど、自慢しないだけ」って自信もって言うのわかる。最後も結局、才能もなにも関係ないのにヒデユキ君は褒められた。
昔、ヒデユキ君の本当の才能は優しさなんじゃないか。って思ってたけど、オチも違えば、作者描きおろしのその後も正解は違った。
でも多分私が子どもの頃考えた彼の本当の才能はむしろ、
この話の核心をついてたんだよな、多分。だって
買い物回で彼は才能を抜きに褒められたわけで。
それって、
別に何かしらの才能がなくたって人にはいいところが沢山ある、ダメでも生きてていいって事なんだよな。
この漫画、
変な書き方をしたら才能至上主義みたいになると思うんだけど、小栗かずまた先生の素敵なところは、ヒデユキくんを通して読者に
「ダメ人間に見えてもいいところってたくさんあるし、生きてて良いんだよ」って伝えてくれることなんだろうね。
身内とメールしてて名シーンが一発で明確に出て来るくらいは覚えてた作品だが、やっぱりこれも優しい作品過ぎて記憶の隅に追いやられていたな……。どうして私のカバンから、本当に大事にしたい優しい作品は消えちゃうのかな……。
最近漫画買い過ぎだけど……もういいや、
グルグルの二の舞(買い戻す機会を逃し続け、十年以上特定出来なかった)も嫌だし……。
昔は
最終回が納得出来なかったが、今ならわかる。すごくよくわかる。この漫画、
メルヘンに見えて基本設定が現実と何もかわらないからな。
大人が読んでも子どもが読んでも深くて考えさせられる、本当の意味での子ども向けみたいなテーマの作品よな。